消えない記憶 シリーズ

□消せない想い
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scene.3

 出ていく雪菜を二人で見送って、視線を戻すと自然と二人の目が合う。


「理由は話してくれたのか?」
「ん?」
「話をしてきたんだろ?」
「・・・あー、汐留くんの話ね。一応、話してくれたよ。・・・なんか、要領得なかったから軽く脅しちゃったけど」

少々恐ろしいことを言ってくれるが、部活の時にはよくあるレベルの話なのだろう。昇司は小さく笑っている。

「汐留だったのか」
「うん。うちの部長」
「あいつなら、理由もなく暴れたりしないだろ」
「まぁねぇ・・・て、知ってる子?」

幸隆は、学校の理事をしているが、教師をしているわけではない。
生徒会や特待生などの一部の生徒くらいしか、個人的に面識のある生徒はいないはずである。
だから、昇司は少し驚いた顔をしている。

「一方的にだが」
「ふーん」

結局聞きたいことの答えはもらえていない気もしたが、昇司はとりあえず納得する。

幸隆は、机に戻ってまた書類を見始めた。

「それで?」

仕事は再開するが、会話も続けるつもりはあるらしい。

「あー、うん。なんか、喧嘩売られて無視しようとしたんだけど、一緒にいた友達が殴られちゃったんだって。で、怒れちゃって・・・らしい」
「あいつらしい」

幸隆は小さく笑うが、やはり、腑に落ちない。

「何、そんな仲良しなの?」
「自分の学校の生徒のことを知ってたらいけないか?」

笑ってはぐらかすが、昇司も誤魔化されない。

「いくらゆっきーでも、全校生徒のこと把握してるわけないじゃん」

昇司の真面目な声音に、幸隆は書類から顔を上げる。
昇司は、静かな目で幸隆の反応を待っていた。
そんな親友に幸隆はため息をつくと、観念したようにこぼす。

「・・・・・・孫なんだよ」
「は?」

言葉の意味をすぐに理解できず、昇司は怪訝そうな顔になる。

「前の時の、孫だったんだよ。だから、自然と目に止まりやすくて」

わざわざ前世の事を話すのだ。前世の事自体が嘘だったということでもない限り、この答えは本当なのだろう。
そして、幸隆の話す前世の事を、昇司は疑っていなかった。

「・・・・・・へぇ、ホントにおじいちゃんだったの」

だから、それ以上問い詰めることはせず、茶化す。

「あぁ。孫は七人いた」

昇司の意図を理解したのか、幸隆も笑って返す。

「すげぇじゃん」
「普通だろ」
「そうなの?」
「それで、汐留はどうした?」
「理事長のとこにも報告は行くと思うけど、三日間の自宅謹慎」
「そうか。ご苦労さん」
「どうも」

話がひと段落して、幸隆は今度こそ書類の処理に戻る。

「お前、仕事は?」
「終わらせてから来てますって」
「そうか」
「・・・・・・で?今度は何の夢見てたの」

唐突に、昇司は問う。

「・・・・・・別に」

幸隆の手が止まるのを気にせず、昇司はノートを開く。

「次郎さんだっけ?えっと・・・そうそう、親友の幼名だ。その人が出てきたの?」
「いや・・・」
「でも、名前呼んでたじゃん」

目を覚ました時、確かに、幸隆は「じろう」と呼んでいた。

「・・・・・・あの頃の夢ではあったよ」
「ふーん」
「・・・・・・」

またも煮え切らない答えに、昇司は探るような目を向ける。
しかし今度は、幸隆もそれ以上話す気はないようだ。

「そうそう。最近、寝れてないんだって?」
「雪菜に聞いたか」

だから、また話題を変える。

「心配してたよ」
「・・・・・」
「何?自分が死ぬとこでも思い出した?」

なにやら重いものを背負っているらしい親友の心を、少しでも軽くしてやることができれば。
そんな思いもあって、昇司は明るく尋ねる。

「・・・最期の記憶は、辛いものじゃないよ」
「そうなんだ?」
「あぁ」
「でも、夢のせいで寝不足なんでしょ?」

思っていたのと違う反応に、昇司は首をかしげる。

「最近見るのは幸(みゆき)や次郎が死んだときのことだ」
「・・・・・・みゆき・・・奥さんと、親友?」

昇司は今までに聞いた話のメモを見て確認の意味で尋ねる。

「いや・・・妻になるはずだった人だよ」
「え?」
「妻は、娘たちの母親は幸の妹だ」
「・・・・・・恋人、亡くしてたの?」
「話してなかったか?」
「聞いてない聞いてない」
「そうか」
「うん・・・」

全部聞いていたつもりだが、幸隆自身も話していないことに気付いてなかったエピソードもあったようだ。

「・・・・・・今は満たされてるはずなのに、な。目が覚めた途端に、不安に駆られる」
「・・・・・・」
「幸も、妻も、次郎も・・・みんな、私より先に逝ってしまったから・・・」
「・・・・・・」

遠い目で、痛切な思いを語る親友の姿に、昇司は何も言えなかった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「因みに、幸は評判の美人で、次郎と取り合いだった」

少々暗くなってしまった空気を一掃するように、幸隆が明るい声で付け加える。

「・・・三角関係!?」
「二人とも告白する前に、彼女の家の方から俺の許嫁にって申し出てきたけど」
「・・・次郎さんかわいそ」
「・・・・・・まぁな」
「昔はやだねぇ」

それを察した昇司もおどけた態度を見せる。

「・・・雪菜ちゃんは、前の時の奥さんかと思ってたけど・・・恋人のほう?」
「あぁ。幸は、雪菜だよ」
「だから付き合ってるの?」
「別に、それだけじゃない」

昇司の問いに、幸隆は憤慨したようにそう答える。

「まぁ、雪菜ちゃんかわいいしねー」
「取るなよ?」

思いがけず真剣な声に、昇司は悪戯心がわいてにんまりと笑って見せる。

「どうしよっかなー」
「・・・・・・」
「冗談だって、マジになるなよ」

幸隆の目が本気だったので、急いで弁明する。

「ホントだろうな?」
「そんなに心配なら、さっさとプロポーズしちゃえば?」
「・・・・・・まだ、時期じゃない」
「・・・まぁ、まだ理事長職継いだばっかだもんな」
「お前こそいいのか?俺より六つも年上だろうが」

ついつい忘れてしまうのだが、浪人したり留学したりしていた昇司は実は年上なのだ。

「俺はいーの!」

30歳を過ぎて独身でいることを、親にうるさく言われているのだろう。
昇司はうんざりした声をしている。

「・・・まぁ、心配すんな。俺は次郎さんじゃないし、三角関係再び・・・ なんてことは、あり得ないよ」
「・・・・・・そうか」

再び自分の事を言われる前に、もう長く付き合っているのに、いまだに結婚の話を出さない親友をけしかける。

「だから、今から失う心配してるより、大事な人との時間を持つ方が大切なんじゃねーの?」
「・・・そうだな」
「わかったらさっさと仕事終わらせろよ。雪菜ちゃん待ってるぞ」
「そうする」
「じゃあ、またねー」

幸隆の答えを聞き届けて満足したように頷くと、用は済んだとさっさと退室してしまう。
また、自分の事を訊かれたくなかったのだろう。
雪菜を待たせないために、仕事の邪魔をしないように・・・という意図もあったかもしれないが。

幸隆は苦笑して仕事に戻るが、しばらくして手が止まる

「・・・・・・お前だから・・・だから、心配なんだよ」

誰に言うでもなく、呟いて、
幸隆は恋人との逢瀬のために、また書類と向き合った。



Fin.
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