短編小説

□「SS」
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 忙しいから庭で弟と少しの間、遊んでてとおっかさんに言われた私は、久しぶりにおはぎを食べてから弟と庭に出た。
 弟は待ちに待った男の子で跡取りとなる。その為、まるで腫れ物を触るかのように大事にされている。


 その事について憎らしいとかずるいと思った事はないけれど正直、両親を独り占めできるのは羨ましいと感じていた。
 立場が逆だったらとか私が男の子だったらとか、そう考えた事はいくらでもある。


 でもおっかさんの言う事を聞いてちゃんと面倒をみるのは、お姉さんになったという自覚があったからで誉めてほしいとも思っていたから。
 隣の幼馴染みの子が一人っ子で甘やかされて好きな事をしていても、両親と一緒に歩いているのを見ても「いいね」なんて言った事はない。


 それは弟が店の手伝いをするようになる位に成長して、私が親が決めた許嫁と所帯を持つようになるまでの間だと思っていたからだった。
 でもその夢は儚く崩れて今は婿養子に来てくれるような、心の広い人を待っている。


 それもこれも弟が、庭にあった井戸に落ちてしまったからだった。
 まだ幼く頭が重たかった弟は井戸に興味を持ったらしく、身を乗り出して見ていた時に落ちたらしい。


 その時、おっかさんに呼ばれいた私はおっかさんがいる店へ行く為に、部屋の中を歩いていた。
 何かが落ちた音を聞いた私は慌てて井戸まで行ったけれど弟の姿はなく、その足で店まで走って行ったのだった。


***


 そんな事を思い出した時、近くにいなくて助けてあげられなかった弟が成仏できなくて、送り狼になったんじゃないかと、そう思った。
 一人で井戸の中にいた事、苦しかった事、淋しくて怖くて仕方なかった事。


 人は深い未練や憎しみなどが残って忘れられなかった場合、幽霊になると聞いた事がある。
 送り狼は幽霊ではなく妖怪だと思うけれど、幽霊も妖怪も似たようなものなのかもしれない。


 もしそうだったら、助けてあげられなかった弟に喰われるのも仕方ないのだろう。
 そう思って瞼を閉じたのに何も起こる事はなく、寒さを感じただけだった。


 おかしいと思いながら瞼を開けると、何故か弟を見下ろしていた。
 亡くなったはずの弟がいるという事は、もしかしたら一緒にあの世に行けるかもしれない。


 そしてこれで送り狼も現れなくなって、町の人たちも安心して暮らす事ができるだろう。
 と考えながら、いつ喰うわれるのだろうと思っていた時。


 弟が大きく右手を振りながら、何かを叫んでいる声が聞こえてきた。
 それは、耳をすまして聞いてみると


「お姉ちゃん―」


 と言っていたけれどその後の言葉は泣いているせいか、わからなかった。
 だけど聞きとれた言葉がわかった時はとても驚いたけれど、それを教えてくれた弟に今は感謝している。


 あの時、井戸に落ちたのは私で、亡くなったのは自分だったという事。
 だから怖くて仕方なくて泣いて泣いて、泳げなかった私は疲れてもがくのを止めた事。


 気付いた時には亡くなっていて布団に寝ている自分に戻れなくて、誰も気付いてくれないとわかった時の絶望といったらなかった。
 その事が悲しくて淋しくて怖くて悔しくて、その気持ちが大きくなって送り狼になった。


 その事に気付かせてくれたのが憎いと思っていた弟だったなんて、何て言っていいのかわからない。
 今となっては考える事は出来ても話せないから、ただ『ありがとう』と頭を下げるしかなかった。


 早く私を見つけてほしくて声をかけられると嬉しくて、煙草の匂いはおとっつあんを思い出して優しい気持ちになれた。
 だから私に関わった人たちは喰う事はしなかったけれど、それでも歯向かってくる人たちには我慢ができなかった。


 それもこれからはしなくていいしあの世に行ったら今度は、雲の上から家族を守ろうと、そう決めて真っ青な空へ昇って行ったのだった。





20130408


………………………………

 この小説は妖怪の“送り狼”を元に書きました。



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