お題小説
□「その唇で…… 」
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「お願い。今日だけは一緒にいて」
二週間振りに会えた彼が私のマンションに来て、晩ご飯のパスタを食べた後の事だった。
彼と会う時は大抵、私のマンションかお酒が飲めるBARへ行く事が多い。 だけどそんな事は今まで、気になる事ではなかった。
いや、気にしないようにしていただけかもしれない。
「それは、泊まってほしいという事? だけどその意味を知ってて話しているんだよな? 」
彼は淹れたてのコーヒーを飲みながら、そう答える。
静かに話しているだけに、怒っているのか呆れているのかわからなかった。
それでも私は、今日だけは帰ってほしくなくて頷く。
「そうか……だったら、今日だけでいいんだよな? 次はないんだよな? 」
と視線を合わせながら聞かれ、なんて意地悪なんだろうと思った。
そういう意味じゃないのに、どうしてわかってくれないんだろう。
いつだって一緒にいたい、側にいたいと思っているのを知っているくせに。
「いや、そういう意味じゃなくて。今日は私の誕生日だから、それで…… 」
と俯きながらそう話す。いつもあまり会えないし、会っても絶対に泊まらないから、だから今日だけでも一緒にいたくて話したのに。
その艶やかな唇はセクシーで意地悪だけど、その中に隠れている紅い舌は、もっといやらしいのも知っている。
それが自由にならない事が、とても悔しかった。
「…… だったら仕方ない。今夜は一緒にいるよ。そのかわり明日は早く―― 」
そう聞いて話を途中で切り
「う、うん。わかってる。ありがとう」
と笑顔で答える。その先はわかっているだけに聞きたくなかった。
ただ、一晩一緒にいられる、それだけでよかった。
本当だったらこんな事を話してはいけない事も、泊まれない事も知っているけど、だけど今日だけは一人で過ごしたくなくて。
そう考えながら、台所で洗い物をしていたその時
「酒はあるよな? 」
と背中から聞かれ頷く。せっかくの誕生日だからと、桃のリキュールの缶を用意していた。
嬉しい反面、戸惑っていると彼は背中から抱き締めてきて、うなじに柔らかく唇を這わせながら
「だって誕生日だろ? 」
そう呟くように話す。たったそれだけの事が、嬉しくて嬉しくて。
その言葉だけで、今まで会えなかった事なんて気にならなくなった。
今、こうして一緒にいられる事、誕生日を過ごせる事が何よりの宝物になる。
例えそれが、一夜限りであったとしても。
そう思いながら私は、この日の為に用意していた高級なチーズや生ハムを皿に並べていた。
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