時代物系 小説

□『慕う想ひ』
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 峰吉は近所の酒屋の息子、大二郎と蕎麦屋の娘、お露とは幼少の頃から友達だった。
 大二郎とは同じ年で大人になって店を継いで所帯を持ち、子供ができたら子供をお互いの店に奉公に行かせようと、そう約束していた。
 全然知らない所に奉公に出すより、その方が安心だと思ったからである。



 その約束を果たす日が今日だった。
 三歳早く生まれた大二郎の息子は、すでに峰吉の店に奉公に通いで来ている。
 一方峰吉の息子はやっと十歳になり、数えで十歳になった今年に奉公に出そうと決めていた。



「今日は酒屋に行かなければならない。どうしてか、わかっているね? 」


 すっかり身支度を済ませ、不安げな息子を部屋に呼んでそう話す。
 まだ十歳で母親の側にいたい息子にとって、奉公に出される事は不安で心配で仕方なかった。
 だが峰吉は、その事を充分理解しながら



「私もお前と同じ年に出されたんだよ。だから大丈夫だ」



 と言って小さな頭をそっと撫でる。
 すると一人っ子の長男として、跡取りとして育てられた息子はぐっと拳を握って頷いたのだった。



 酒屋に着くまでの間、二人は今まで話していなかったかのように、様々な話をした。
 峰吉は仕事が忙しくなかなか息子と向き合えず、いつも気に止めていたため顔がほころんでいたのが自分でもわかったほどだった。



「いいかい。いくら私の知り合いのところだからといって、甘えてはいけないよ。頑張りなさい」


 峰吉は酒屋に入る前に、息子に念を押すようにそう話す。
 すると息子はきっと顔を引き締めると



「はい」



 と力強く返事をしたのだった。
 まだ心配や不安は拭い切れてないだろう息子は、父親に心配をかけたくなくて精一杯、強がったのだろう。
 峰吉にその気持ちが伝わったのか、笑顔を見せてから引き戸を引いた。


 これからの事を考えるといろいろ大変だと、そうわかっているだけに峰吉は大二郎に息子を渡してから頭を下げる。
 すると大二郎は穏やかな笑顔を見せて



「心配はいらんよ。では確かに」



 と言って同じく、頭を下げたのだった。
 だが頭を下げたその顔は、すでに穏やかではない顔つきに変わっていた事など峰吉は気づいていない。



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