時代物系 小説

□「不穏な曇り空」
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 岡っ引きの源太郎が口を割らない事件を他の人に聞いたところでわかる訳もなく、常連の客に次々と聞いても誰一人として知っている者はいなかった。
 半ば諦めたおりんは秋頃から来始めた客の前を小さなため息を落としながら通り過ぎた時、眉間に皺が寄っている事に気づく。


 その客は背が高く位が一目でわかる着物を着ており、髷も綺麗に撫でつけられている。
 この料理屋に来てからまだ日は浅いが、おりんは源太郎とはまた違った整った顔つきを見てから、他愛のない事をぽつぽつと話すようになっていた。


「何だか物騒な事があったようで、心配ですね」


 とほうじ茶を入れ直してから言うと話を聞いていた男性は、ますます険しい顔つきになり頷いていた。
 その男性は塚原将吾といい、おりんより十歳年上である。
 おりんの友達の間では、密かに話題に上るほどの男前であった。


「ごちそうさん。おりん、あんまりおかしな事に首を突っ込むんじゃねぇぞ」


 そう言いながら源太郎は金をおりんに渡すと、面白くなさそうに塚原の方を一瞥し、そして店から出て行った。
 その背中におりんは、子供扱いをされた事が面白くなくてぺろっと舌を出す。
 すると出て行ったはずの源太郎が、店の入り口にかかっているのれんからひょいと顔を出し


「おっかさんが呼んでるぞ」


 と苦笑いをしながら話すと、すっと顔を引っ込めたのだった。


「んもう。油断も隙もないって、こういう事を言うのかしら」


 そう呟きながらおりんは常連の魚屋や酒屋の二代目から金を受け取りながら、店の前で弁当を売っているおっかさんの方へ歩いて行く。
 いつも弁当を売っているのはおっかさんだが、何か用事がある時は変わりにおりんが弁当を売る事になる。
 おりんの顔を見たおっかさんは、笑顔を見せると


「店はお夏に任せて弁当を売っておくれ。私はちょいと用事が出来たから頼むよ」


 そう言うと綺麗に結い上げられた髪を手ぐしで整え、そして慌ただしく歩いて行ったのだった。
 おっかさんが言っていた用事も帰って来たらわかるだろうと思いながら「お夏さん、後はお願いね」と店の中に向かって話すと、道行く人に声をかけ始めたのだった。


 その後、おっかさんが帰って来たのは未の八つ(午後二時)頃で、顔色が酷く悪い。
 いつもだったらすぐに、店先に立っているおりんと交代するのだが


「悪いけど具合が悪いから先に休ませてもらうよ」


 とだけ言うとおっかさんは青白い顔をしたまま、店の裏口から家に入った。
 その様子から何かあったとおりんは気づいたが話してくれない以上、何も聞く事は出来ない。


 おりんはおっかさんの気持ちを飲み込み、ただ頷くしかなかった。
 今はまだ店を開けているから話せないのかもしれないと考えていた時。
 源太郎が暗い面持ちで店に向かって歩いて来る姿を見つけたのだった。



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