ファンタジー系 小説
□『好きでたまらない』
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私だって彼を大事に想っていたし、彼の興味があるものはパソコンや雑誌で調べて勉強もした。 例え眠たくても疲れていても、会いたいと言われたら会いに行ったのに、どうして…… 。
「だから私は悪くないと思います。悪いのは誠実ではなかった彼。ずっと五年の間、私は彼しか見ていなかったし、結婚できると信じていました。その証拠にプロポーズの言葉もちゃんと聞いています」
と私は取り乱す事なく、冷静に話していた。
彼と付き合ってから五年の間、結婚に向けて準備をしていたし私の両親にも会ってくれた。
誰もがいつ結婚してもおかしくないと思っていたし、私もそう考えていた。
だから私は、間違っていない。
それなのに、どうしてわかってくれないのだろう。
何度も本当の事を話しているのに、嘘なんかついていないのに。
「まだ、わかってくれないんですか。一度も浮気をしていなかった私と、浮気をして相手の女性を妊娠させた彼。これは誰が聞いても、彼が悪いと思います」
と話した後にため息を吐く。何度同じ事を言ったらいいのだろう。
浮気をされる私にも何か原因があったとか、いくら彼がそんな事をしたからといっても、やっていい事と悪い事があると聞いてカチンときた。
それじゃ彼がした事は悪い事ではないと、その原因を作ったのは私だと、そう言いたいのだろうか。
「いくら話しても無理です。私の考えは間違えていないしそれに、これ以上話す事もありません」
そう放り投げるように言うと、口を閉じた。理解してもらえないのに、話す必要はないと思ったからである。
でも、ずっと話したかった事を伝える事が出来たおかげで、気持ちは晴れていた。
今まで話したくても誰にも話していなかった、本当の気持ちを伝える事が出来ただけで。
「…… 仕方ない。だが、明日も聞く事になる」
そう聞いて、うんざりした。
また、同じ事を話さなければならないなんて。 そう考えていた時に促されて、ゆっくりと立ち上がると部屋から出て行く。すると……
「…… しかし、何回も聞いているのに同じ事しか言わないな」
と低い声で話す男性の声。その後に「そうですね。せめて悪かったと一言、言ってくれたら」そう返事をする、男性より少し若い男の話し声が聞こえてきた。
だけどその話を聞いても、私の考えは変わる事はない。
それは、悪い事をした訳ではないから。
婚約までしていたのに浮気して、相手の女性が妊娠したから別れたいなんて。
別れるのは私ではなくて、相手の女性なのに。
「―― だからといって、包丁で刺す事はないだろう。命に別状はなかったからいいものの」
さっき取り調べを受けていた私は、そう聞いても何も感じなかった。
それに刺した時の記憶が全く無くて、彼の家に来た浮気相手が叫んだ声で我に返り、右手に握っている包丁を見て愕然としていた事を思い出した。
自分が刺した記憶が無くて訳がわからない状態で、立ち尽くしていた時に見たものは彼女が震えながら携帯のボタンを押している姿だった。
わなわなと震えながら携帯を触っている彼女の顔には、確かに口元が歪んでいたように見えた。 そして、頬が緩んでいたように見えたのに。
「…… 本当に私じゃないんです」
部屋に入る前に付き添いの女性に訴えるように話しても、その女性は何も言わない。
肯定も否定もせずに、黙って留置場のドアを開けている。
そして目配せで入るように促されると、聞いてくれないと諦めて留置場に入るしかなかった。
どこを間違えて、こんな事になってしまったんだろう。
私だけではなく、彼女の話を聞いたのだろうか。
そして彼の証言は? もう話せるだろう彼の話を聞いたら、絶対に私じゃないってわかるのに。
完
20100621
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