お題小説
□『微かに汗ばんだ髪を…… 。』
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気づくと、ちょうど一ヶ月が過ぎていた。
会いたくても会えなくて、声を聞きたくても聞けなくて、淋しくてどうしようもなかった。
お互い仕事をしているし、忙しい事くらい充分わかっている。
だけど、好きな人に会いたいとか一緒にいたい、側にいたいと思う気持ちは我慢できても手放す事は出来ない。
付き合って二年。それまでは一週間に一度は会っていた。
メールも一日に何回もしていたし、電話でも頻繁に話していた。
それが変わってしまったのは二十五歳の私より五歳年下の彼、尚哉の一言からだった。
「朋美、来月まで仕事が立て込んでいて、今までのようには会えないと思う。だけど、その仕事が落ち着いたら会えるから、時間のある時に電話するよ」
忙しい中、二週間振りに会って街中のレストランで食事をした後にそう聞いたせいか、食後のコーヒーは美味しく感じられなかった
尚哉の仕事が忙しいのは知っていたけど、だからって会えなくなるなんて。
「…… 仕事じゃ仕方ないわ。淋しいなんて言わないかわりに時々、電話してくれる? 」
たった五歳しか違わないのに、そんな返事をしていた。
無理して物分かりがいい大人みたいな事を言って後から後悔する。
「うん。当分の間は無理かもしれないけど、時間が出来たら必ず」
尚哉は私が落ち込んでいるなんて、これっぽっちも思っていない。
それどころか逆に「よかった」と言って笑顔をみせる。
だけど安心して仕事が出来るなら、それでいいと自分に言い聞かせた。
会えない一ヶ月の間、メールは緊急の時だけになり、電話は時々、思い出したようにかかってくる程度。
それでも尚哉は疲れていて、話している最中に寝てしまう事が何回もあった。
だけど疲れている尚哉が心配で、例え声を聞きたくても用事もないのに忙しいふりをして電話を切ったりもした。
寝不足になるくらいだったら話さなくてもいいと、そう思ったから。
全て尚哉の事を優先したせいか、ストレスが溜まったのがわかると、たまに友達と飲みに行く事もある。
それが出来なかったらきっと、わがままを言ってたかもしれない。
「朋美、覚えてるか? 」
そう電話で聞いて「もちろんよ」と答える。
ちょうど一ヶ月が過ぎて仕事が落ち着いたのを知ったのは、昨日の午後九時過ぎの事だった。
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