お題小説
□「月の恒の如し」他。
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時代物の恋愛というお題を見つけたので、それに沿って書いてみました!
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あまりに暑く感じて瞼を開けると、部屋はまだ暗かった。
床から浴衣姿のまま出て、引き戸を開ける。
すると月の明かりでうっすらと廊下が見えた。
蒸して暑い部屋に居るよりは廊下の方が幾分、涼しいだろうとそっと廊下に出る。
そしてまるで猫が涼しい場所を探すように寝転がると、板張りの廊下は思いのほか気持ちが良い。
とその時。微かに着物の擦れる音が聞こえたような気がした。
私は体制を変えその音がした方、右側を見る。
するとそこには、同じく浴衣姿のお紺が立っていた。
「一体どうやって入って来たんだい? 」
お紺は妻ではなく、隣の傘屋の娘である。
蝋燭屋の息子、優介の私とは幼子の頃からの付き合いで、幼なじみだった。
だが先ほど亥の四つ(午後十時)を聞いたばかりで、いくら幼なじみだからといっても来られる時間ではない。
「そんな事…… 。それより話があって参りました」
と細い声で話したお紺は返事にならない返事をすると、その場にゆっくりと腰を下ろした。
それまで寝転がっていた私は起き上がると、お紺の隣に腰を下ろす。
廊下から見える庭には小さな池があり時折、鯉が跳ねている音が聞こえるだけだった。
お紺はしばらく黙っていたが意を決したように
「この間の返事をしに参りました。ふつつか者でございますが、どうかよろしくお願いいたします」
そう言って三つ指をついて深く頭を下げる。
それはひと月前に妻をもらう為、父親と一緒に傘屋へ行って話しをした事への返事だった。
見合いの話はいくらでもきていたが、見合いで妻を決めるつもりはなかった為、その全てを断っていた。
それは妻を迎えるならお紺がいいと、物心がついた時から決めていたからである。
素直でよく働き、決して人を上から見る事はない。
それにお紺が時々もって来る煮物は、格別に旨いのも気に入っていた。
「わかりました。確かに返事は受け取りましたよ。だけどこんな時間に」
と話す私にお紺は
「ごめんなさい。でも一緒になる前にどうしてもお酒を飲みたくて」
と言う。そしてこれから忙しくなる為ゆっくり過ごす時間も作れないだろうと考えた時、足が勝手に動いていたと裾で顔を隠しながら話した。
まるで父親に叱られている子供のような顔をしながら言うお紺に、それだけが理由ではないだろうと感じながら差し出された杯を受け取ったのだった。
目を覚ました時は上弦の月だったが、今ではそれも少しずつ丸くなっているように思える。
隣では酒を飲み肩に頭を預けているお紺は、少し酔いが回っているようであった。
「お紺、大丈夫かい? 」
そう聞きながら軽く肩を揺さぶる。するとお紺はそれまで伏せていた瞼を開けると、私をじっと見つめている。
言葉はないがその目はまるで、想いを語っているように見えた。
それは私の勝手な思い違いかもしれないが、そう考えるよりも先にお紺を抱きしめる。
するとゆっくりではあるが、お紺も両手を背中にまわしてきた。
自分の腕の中に愛しいお紺を抱いて、そのお紺が応えてくれている。
そう気づいた時には唇を首筋に当てていた。今までずっと我慢してきた事をしてしまうと、止まらなくなるのはわかっている。
それでも私は唇をお紺の唇に合わせると、右手は袂に入れていたのだった。
そしてまるでそうする事が当たり前で自然なように、右手を少しずつ浴衣の裾へ下ろしていく。
お紺は抵抗する事も嫌がる事もなく、私に躯を預けてきたのだった。
「必ず幸せにするよ、お紺…… 」
その声が聞こえているのかはわからないが、お紺は頷いたようにも「はい」と返事を言ったようにも思えた。
今まで妻にしたくて仕方がなくて、ずっと時が来るのを待っていた。
その想いをお互いが十八歳になった年に叶える事が出来た私は、もしかしたらこの世で一番の幸せ者かもしれない。
そう思いながら床の中で静かに寝息をたてているお紺を、夜が明けてきた薄明かりの中で眺めていた。
そして同時にいつ帰したらいいのか、どういう理由を話せばいいのかを考えながら薄くなった月を見上げたのだった。
完
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「月の恒の如し」
“恒”は弓張月(上弦の月)の事。弓張月が次第に丸く満月になっていく事から、ますます幸運に恵まれる事の例え。
20100906
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