時代物系 小説
□『慕う想ひ』
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木造の長屋の縁側には上品な着物を着た反物の店主、峰吉がお茶の入った湯のみを両手でくるむように持ちながら、春の日向を楽しんでいた。
その峰吉の隣には、茶色の毛の猫が一匹。
同じく日向を楽しむように、丸くなって目を閉じている。
「私はこの季節が何より好きでね。桜や梅の花を眺めながらお茶を飲んでいると、安らぐんだよ。だけどそれも、そろそろ終わりにしないといけない」
そう優しい眼差しで猫を見ながら話すと、すっと立ち上がる。
するとそれまで丸くなっていた猫は、顔を上げて峰吉の方を見た。
「お前も一種に来るだろう? だけど大人しくしていておくれ。いいね? 」
そう話すと同時に峰吉は猫を着物の懐に入れると、玄関の方へ歩いて行き廊下にいた妻のお露に
「ちょっと隣まで行って来るよ。店は任せたからね」
と話す。妻のお露は峰吉より五歳若く、三十五歳だった。
よく働き奉公で来ている子供達にも女中達にも声をかけて、常に気を配っている。
「気をつけて行って来てくださいまし」
お露は峰吉が何をしに行くのかを知っていた。 昨夜、隣の米屋の主人が重い病気で亡くなったのを、峰吉から聞いていたからである。
だが、猫を一緒に連れて行った事には全く気づいていなかった。
「この度は―― 」
米屋に着いた峰吉は女将さんに案内されて、主人が眠っている部屋に案内されていた。
その部屋は生前に一人で使っていて、八畳ほどある。
その真ん中に主人は、顔に白い布を被させられて眠っていた。
「わざわざ足を運んでくれるなんて、きっとあの人も喜んでいますよ。どうか声をかけてあげてくださいな。今、お茶を」
と聞いて峰吉は、気を遣わないでくださいよと言い頭を下げる。
女将さんが部屋から出て行くと峰吉は、白い布をめくり顔を拝む。
かっぷくのよかった主人は病気の為に痩せてしまい、以前の面影はなくなっていた。
「残念だっただろうね。息子さんの縁談も進んでいたのに」
そう呟きながら峰吉は懐からそっと猫を出して、主人の側に置く。
すると猫は布団の周りを一周すると元の場所に止まり、そして主人の気を吸い始めたのだった。
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