時代物系 小説

□「不穏な曇り空」
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 街中にある川には大きな橋がかかり、様々な人々が行き交っている。
 だがそれは日が照っている昼間の事で、暮れて来ると人の数も少ない。
 両天秤を持って歩いている商人や太鼓を鳴らしながら歩く飴売り、近くの料理屋の前で弁当を売っている声。
 それらの賑わいも夕方を過ぎると少しずつ静かになり、やがて静寂が訪れる。


 そんな中、誰もが一人で出歩こうとしない丑の八つ(午前二時)。
 橋を渡った先にある背の高い原っぱの方で、泣き声のような悲鳴が細く響いた。
 そこは屋敷が距離を置いて建っている所でもあり、屋敷と屋敷の間は道幅百余(約一.八メートル)離れている。


 だがその声はすぐにかき消され、どさっと倒れる鈍い音と共に悲鳴は聞こえなくなった。
 その声は周りにある屋敷の者に聞こえなかったのか、誰も出て来る気配はない。
 その場にあった二つある影の一つは倒れた者に手を合わせると、きびすを返し足早に去って行ったのだった。


  *  *  *


 料理屋の朝は早くいくら前の日に下拵えをしていたとしても、並んで来る客の為に時間どおりに店を開ける為に、大忙しである。
 十月に入り涼しくなったとはいえ、体を動かしているとじんわりと汗が滲んでくるのも事実だった。


「おはようさん。おりん、今日の飯は何だい? 」


 店の入り口にのれんをかけているおりんの背中に話してきたのは、岡っ引きの源太郎だった。
 十六歳のおりんより四つ年上だが、整った顔をしているにもかかわらず所帯はまだ持っていない。


「おはよう。今日はおからの煮物、わかめの味噌汁、秋刀魚の焼き物よ」


 のれんをかけ終わったおりんは今朝、袖を通したばかりの格子柄の着物にたすきをかけた姿でそう答えた。
 源太郎は毎日ここに来てご飯を食べているが、店が開く前から並んでいる日は、たいてい忙しいと決まっている。
 そう知っているだけに興味深々のおりんは大きい目を輝かせながら、椅子に腰を下ろした源太郎の前にほうじ茶が入った湯のみを置いた。


「何か物騒な事でもあったの? 」


 いてもたってもいられないおりんは、聞いてはいけないと思いながらもそう話しかけていた。
 それはまるで親の目を盗んで逢い引きをしているかのようで、おりんは親が料理をしている時を見計らって聞いたのだった。


「うーん、まぁちょっとな。いずれおりんもわかるだろうよ」


 とつれない答えにおりんは気を悪くする事もなくまた、源太郎がそう簡単に話してくれると思っていなかっただけに肩を落とす事はない。
 同じ長家に住んでいた幼なじみでも、源太郎は口が固い。
 それはおりんにあまり血生臭い話を聞かせたくないという、心配りだという事をおりんは知らないのだった。


「そう、いずれね。それじゃ他の人に聞いてみるわ」


 と小さな口元を面白くなさそうに動かしながらそう答えると、源太郎から何も聞けないと諦めたおりんはさっさとその場を後にした。



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