ファンタジー系 小説
□『嘘だろ? 』
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ドアのベルで誰かが訪れたのを知らせている事に気づいたのは、深夜だった。
寝る前にビールを飲んだせいか眠りが深く、起きる前に夢の中で何度か聞いた事をぼんやり思い出しながらベッドから出る。
それにしても…… と思いながらテーブルに置いていた携帯を開くと、午前三時を過ぎていてこんな時間に誰だろうと考えながらドアの前に立った。
親や兄弟に何かあれば先に電話があるはずだ。
だったら一体、誰なんだろうか。
そう考えながらドアスコープから覗いてみる。 だがマンションの廊下には誰もいなくて、いたずらかと思いきびすを返すと
ピンポーン……
ピンポーン……
ピンポーン……
とまた、聞こえてきたのだった。
とっさにまた覗いて見るものの、それがわかっているかのように見えない位置に動いたのか姿は見えない。
深夜にこんな悪質ないたずらをする奴がいるのかと思うと、やりきれなくなる。
今日は休みだが、それにしてもゆっくり休みたいと思っているのに。
相手が誰なのかわからず目的もわかないとなると、どう対処していいのか困る。
だからといってドアを開ける訳にもいかず途方にくれていると、今度は携帯の着信音が聞こえてきた。
ドアのベルの後に携帯の着信音。
あまりにもタイミングよく鳴った携帯に、不気味さを感じながら携帯を開く。
そこには見た事もない番号又は公衆電話からの着信が画面に見えたとしたら、携帯の電源を切るつもりでいた。
そう考えながらテーブルの方へ歩いて行き携帯を掴もうとした時、着信音はふっと止まった。
それはどこかで見られているようで、背筋が寒くなる。
家を知っている人や携帯の番号を知っている人は、営業という仕事柄覚えきれないくらいいる。 今まで強引で傲慢な仕事をしてきた訳ではないと思っているが、絶対とは言えないだろう。
それとも―― 。
仕事関係ではなくて、元彼女だとしたら。
三十年の間に女性と一度も付き合った事がない訳ではなく、それなりに付き合いはあった。
そしてお互い理解して別れたと思っていた。
思っていたがもしそれが、勘違いだとしたら? 相手は納得してなかったとしたら?
そう考えるとこんな時間に家に来るのも、携帯に電話をかけてくるのも辻妻が合う。
だがもし合ったところで、説得したところで大人しく帰るだろうか。
また付き合いたくてこんな事をしているなら、何を話しても無駄ではないのか。
と、とりとめのない事を考えながら携帯を掴み画面を見る。
そして着信略歴を見てみると―― 。
そこには驚く事に、去年の年末に交通事故で亡くなった元彼女の携帯の番号が表示されていたのだった。
こんな事はありえないし、とうてい信じられない。
嘘だと頭を左右に振ってもう一度、深呼吸をしてから携帯を見てもその番号は画面に表示されたままだった。
まるで狐に騙されているようで、何とも気持ちが悪い。
だが、もしかしたら元彼女の親や友達が間違えてかけてきたかもしれないと思い、俺はその番号に電話をかける事にしたのだった。
数回の呼び出し音を聞くと、やっぱり間違え電話かと思いほっとして切ろうとしたその時
「…… やっぱりかけてくれたんだ。ずっと声を聞きたかったの、会いたいの。ねぇ、ドアを開けて…… 」
と亡くなった元彼女の鈴を転がすような声が聞こえてきて、俺は立ち尽くしたまま持っていた携帯を手から放したのだった。
完
20100509
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