お題小説
□「その唇で…… 」
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彼と向かい合って一緒にお酒を飲む。
テレビを見ながら他愛のない話をしながら過ごす時間は、何にも代えられないものだった。
店員に聞いて買ったチーズや生ハムは美味しくお酒も進む。
ケーキも出したけど甘い物が苦手な彼は片手を振って断り、リキュールを飲んでいた。
きっと食べないだろうと思い、ショートケーキにしてよかったと思いながらフォークで一口だけすくい口に入れる。
それだけでも誕生日だと思えた。
* * *
お互いお風呂に入った後、私達は何も身につけずベッドに入り、とりとめのない話をする。
その時間は一番安心できて、安らげるものだった。
それだけに、この時間がいつまでも続くといいのにと、いつも思う。
だけど同時に、それが出来ない事も知っていた。
「おめでとう」
ふいにそう言われ、視線を彼に合わせる。
すると彼は笑顔を見せてそして、軽く唇を合わせてきた。
何気ないその仕草が、肩を抱くその手が嬉しくて仕方なかった。
だから私は笑顔で
「ありがとう」
とお礼を言うと、彼にお返しをするように唇を合わせる。
もしかしたらいけない事をしているかもしれない、そう一瞬思ったけどその考えは、私が彼の上に乗る事で自ら掻き消したのだった。
* * *
目が覚めたのは次の日の午前九時頃で、隣に彼の姿はなかった。
きっと、朝早くに着替えて出て行ったのだろう。
まだ眠い頭を振りながらスリップを身につけて居間へ行くと、テーブルの上には見慣れない箱が置いてある。
その箱は約二十センチ位あり、見るからに私が置いた物ではなかった。
彼が置いていった物だろうと思いながら、そっと開けてみると中には、ブランドのネックレスが入っていた。
そして一枚の名刺程のカード。
そのカードには、彼の字で
“Happy birthday”
と書かれてあり、その時にプレゼントだと気づいた。
私はそのネックレスを手に取り、両手をうなじに回して付けてみる。
ある時、雑誌を見ながら素敵と話していたそのネックレスを、プレゼントしてくれるなんて。
その事を覚えていたと思うと、嬉しくなる。
だけど彼から受け取れたら、ネックレスをつけてくれたらもっと嬉しかったのにと思う。
プレゼントを貰えるなんて考えてなかっただけに、その彼の気持ちが憎らしいくらいに嬉しい。 嬉しいのにどうして、涙が出るんだろう。
その理由がわかっていても、言葉にしたくなくて何度も忘れようとした。
いや、認めたくなかっただけかもしれない。
彼の一番は私だけだと信じたくて、いつか一番になれるんじゃないかと夢を見て。
だって彼には、付き合っている彼女がいるのを知っていたから。
婚約をしているのも指輪をプレゼントした事も全部わかっていながら、付き合ってと言ったのは私。
結婚してしまえばそれで、私達の付き合いは切れてしまう。
それでも気持ちを抑える事が出来なくて、彼の事を諦めきれなくて、詰め寄った私が悪いのはわかっている。
それでも彼は、妹の私を突き放す事はしなかった。
それが優しいのかそれとも残酷な事なのか、今の私にはわからないけれど。
私は昨夜の事を、決して忘れる事はないだろう。それは、今まで彼ほど男性を愛した事はなかったから。
完
20091019
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