夜、自然の音色が心地よく聞こえる森の中。
次の街に着くには距離がある上に日も暮れ始めてしまい、森の中の開けた場所で野宿をする事になった。
僕含めサトシ達もミアレシティでしばらく過ごしていたから、こうして外で野宿をするのが珍しく久しぶりで。
ついつい皆でお喋りをしていたら時間もすっかり遅くなってしまい、明日寝坊しない事を願いながら、慌ててテントに入ったのはつい先程の事だった。

「あー!ベッドもいいけどさ、やっぱ野宿も楽しいよなー!」
「ですね!ついうっかり話し込んでしまいましたよ」

僕とサトシが二人で使うテントの中。
サトシは寝袋に入ってはいるけど寝る気配なしで、僕は僕で寝袋を準備する手すら止まってしまってる。
笑って、お喋りに夢中になって。
もはや寝るなんて何処へやら状態だ。

「さて、突然ですが問題です」
「はい、何でしょう?」
「オレ達は明日、寝坊せずに起きられると思いますか?」

上体を起こしたサトシが笑みを含んだ冗談めかした表情で僕の顔を覗き込む。
その口調と仕草が何だか面白くて、僕も大袈裟に考え込む仕草を数秒すると、パッと顔を上げてにやりと笑う。

「……無理ですね」
「だよなぁ!」

そうサトシも吹き出してしまったから、僕も僕で耐えきれるわけもなく、二人して盛大に笑い合って。
こんな一時も楽しくて嬉しくて仕方なくて、なかなか終わらせられそうにない。

「でもさー、オレまだ寝たくないよ」
「ん?何故です?」
「だって、久しぶりにテントの中でシトロンと話せんのに」

すっげー楽しいのにさ、勿体ないじゃん。
そうサトシがまるで悪戯っ子のようににひひ、と笑みを浮かべて、その表情に一瞬胸が高鳴る。

「だからさ、シトロンとまだこうしてたいなって」

この時間がすっごい好きだからさ、オレ。
そう楽しげに語るサトシが、僕と同じ事を考えてくれていた事に、胸の中がほんわか温かくなって。

「…僕も、」

僕も、君と過ごすこの時間が…。
それが僕が抱いてるサトシへの擽ったい感情とは違うってわかってても、それでも。
都合よく解釈してしまって、それが嬉しくてドキドキして。
考える事がどっかいってしまいそうだ。

(…あぁもう、それなら…)

もうこのままでいいやって投げだしてしまいたくなる、溢れそうになる感情もいっそ………



…って!!

「…や、えっと!でももう寝ないと!そうですよ、寝ましょうサトシ!」
「へっ?」

駄目、駄目ですって…!
サトシと一緒にこうしてられる事、言葉一つ一つで嬉しさ故のドキドキで頭の中がパンクしてしまいそうで、更に言えば本来の目的を完全に見失っていた。
慌ててサトシに寝るよう促すと、案の定えーと唇を尖らす。

「ほ、ほら!明日もありますし!明日いっぱいお話しましょう!ね!」
「えー…あと少しだけも駄目か?」

そうキラキラとした眼差しで少し拗ねたような表情を見せるサトシ。
や、違うんです、違わない気もするけど違うんです…!!
このままじゃ、僕が駄目なんです…!!
その視線がある意味、二つの意味で胸に突き刺さったけど、何とか耐える。

「う…ほ、ほら!第一寝坊したら下手したら朝ご飯にありつけませんよ!?」
「それは困る!!」

流石サトシ、ご飯の事になると早い。
最終手段、ご飯系統の賭けに出た途端に一気に寝袋に潜り込んだ。
そんなサトシを見て、その早さに驚きつつも内心何処かホッとする。

「…あの、サトシ…その、朝ご飯は何がいいですか?」
「朝ご飯?えっと…じゃああれ!パンケーキのリベンジで!」
「あぁ…あはは、リベンジですか…」

そういやジム戦前に作ったパンケーキは盛大に焦がしてしまったんだったっけ。
何だか気恥ずかしくて苦笑いしながら、材料あるか見てきますねと腰を上げる。
え、今?一緒に寝ないのか?とサトシが不思議そうに見上げるけど、疑問を遮るように先に寝てて下さいと寝袋をポンポンと撫でた。

「確認だけですよ」

すぐ終わりますから。
寝袋に潜り込んだ途端眠そうな表情をしたサトシは僕の言葉に、こくんと小さく頷いた。







確認はした、一応。
4人分のパンケーキ、それに添えるスープ等の材料も問題なくしっかりと。
でも実を言うと毎日料理を作っているから、材料の残りや有無は把握済みで確認する必要はないわけで。

「…はぁ、」

そう、これはあくまでも名目。
あのまま胸が高鳴ってドキドキして頭がパンクしそうな状態で。
頭を冷やさなければ、少し手を伸ばせば触れられる程近くまでサトシの側にいるという事に、自分を保てる自信がなかったから。

(…かと言って、何かするってわけじゃないんだけど…)

要は、ずっと機械漬け電気タイプ漬け、発明漬けだった僕は、友達どころか好きな人に対してはある意味相当臆病になってしまうようで。
秘めた気持ちは、まだ伝えられない。
自分の気持ちを伝えたとして、その先を思うと自信がない。
嫌われたくない、困らせたくない。

「…はは、いけませんね」

サトシとの約束を果たした事で、自信を持って『隣』に立てたと思っていたのに、そこの辺りはまだヘタレらしい。
けどいつの間にに芽生えてたこの想いは旅を通じて、そして約束のジム戦を通じてどんどん色濃くなっていって。
最近じゃ笑って誤魔化すのも難しくなっていた。

(…けど、)

それはサトシの隣にいるのが苦痛、なんて事は絶対ないわけで。



このキラキラとした煌めいた感情、擽ったくて暖かい気持ち。
全部サトシを通じて胸の中に溢れて、嬉しくて堪らなくなる。
いつもみたいに、隣で笑っていたくなる。
君と歩きたい、君の笑顔が見たい、君を笑顔にさせたい。
君が背中を押してくれた分、僕は押して受け止めたい。
君を、もっともっと知りたくて止まない。



旅に出るまではまさに名前しか知らなかったその気持ち。
そんな感情を抱く自分すら想像出来なかった。
けど君といた事、過ごせた事で今ならはっきりとその名がわかる。



「…僕は、」



サトシが、好きなんだ。










少し夜風に吹かれて頭を冷やした僕は漸くテントの中に足を踏み入れた。
思っていたより長く外にいてしまったから、思った通りサトシは気持ち良さそうに寝息を立てていた。
自分の頭を冷やす為だったとはいえ、久しぶりのテントなのにまるで逃げるようにしたせいで、嬉しそうにしてくれていたサトシを放っておいてしまった事に少し罪悪感を感じて。

「…ごめんなさい、サトシ」

寝相のせいで乱れてしまった寝袋を起こさないようにそっと直しながら、ぽつりと呟いた。
こんな小さな声でも寝息と自然の音色しか聞こえない静かなテントでは、小さく響くように聞こえて。

「…すいません、自分勝手で。でも、こうでもしないと、何かの拍子で君に零してしまいそうで」



まだ伝えられない、このままでいたい。
例え伝えたとしても、その後どんな事になってもしっかり立てる程、僕はまだ強くない。
それに自分の道を真っ直ぐ見据えて進む君を困らせたくない、僕はまだその隣で立っていたい。



自分勝手で、ごめんなさい。
そう苦笑い気味に零しながら、寝相でこっちに転がってきたサトシの髪を恐る恐る触れて、軽く梳いた。
目の前にいる、暖かい存在を確かめるように。

「…ん、」
「…サトシ?」

そのままゆっくりと梳いているとまたサトシがもぞもぞと動いて、もしかして起こしてしまったかと内心焦る。
けど心配していたそれはなく、むしろ気持ち良さそうな笑顔を浮かべながら、僕の腕辺りの服をギュッと握り締めた。

「…っ、」

その状態を目にした途端、僕の胸の中の感情が一気に溢れ出てきて。
同時に顔が何だか熱くなるような感覚さえし始めて、頭の中がぐるぐると渦巻く。
第一サトシは寝ているし、今日少し涼しいから無意識に温かい場所を求めた故の行動かもしれないけど。
それでも、再び僕の頭をパンクさせるのには十分過ぎて。

「…もう、」

君って人は…。
そうため息混じりに苦笑いしながら零すと、自分の服を握り締める手の上に、自分の同じそれを重ねて。
伝わる温かい体温が、掌からじんわりと胸の中まで伝わってくる気がして、それが嬉しくて。

それなのに、何だか切なくて。

「わかってやってるんですか、君は…」

そうじゃない、ってわかってるけど。
その想いをフィルターとして、それを通して見ている僕は、ついそんな風に思えてしまう。
でも触れてくれる体温が暖かくて嬉しくて、幸せになってしまうのも同じなんだ。
そうついつい、苦笑いを零してしまう。

「…ん、しと、ろん…」
「…っ、」

そう僕の名を紡ぎながら嬉しそうに笑顔を零す寝顔を間近で見て、それだけで溢れる想いで止まらなくなる。
胸の中はドキドキで高まっているのに、でもほっこり暖かい。
さっきとはまた違った、暖かみだった。

(…ごめんなさい、サトシ)

まだ君に伝えられそうにない気持ちはまだ勿体ないからこのままにします。
けど、僕も大概我儘でして。



一瞬。
一瞬だけ、この想いを形にするのを許してはくれないでしょうか。



(…サトシ、)

サトシの手を掴んだまま、そっと頬に顔を寄せて。
頬に近づくにすれ、胸のドキドキがテントの中に響いているんじゃないかというくらい大きく聞こえてくる。
そのドキドキに目を瞑って、軽く、

「…っ、」

軽く、頬にキスをした。
本当に柔らかく、そっと触れただけの。
一瞬、と言っておきながらその時間は止まったみたいに長く感じて、でも実際はほんの一瞬だったかもしれない。
ただ、唇に触れる柔らかく温かい感覚と、さっきよりも大きく響く高鳴りだけをこの身で感じていた。

(…あぁ、)

ついに、やってしまった。
顔をそっと離しながら思うのは、自分の想いに我慢出来ずにほぼ衝動的に示したそれ。
寝てるサトシにこっそりした事に申し訳ないと思うのに、頬に触れた部分がじんわり熱くて。

(…っ、どうしましょう)

その熱が顔全体に広がってく感覚がして。
罪悪感と共に感じるドキドキが息苦しいのに、それでいて唇から広がる熱さが心地よく擽ったくなって仕方がない矛盾。
どうしよう、どうしてくれよう。

「…へへ…しと、ろん…」
「!?」

そうグルグルとある意味息苦しくて堪らない感情を渦巻かせていると、いきなり聞こえた自分を呼ぶ声に盛大に飛び上がる。
今度こそまさか起こした?と思うも、覗き込めば変わらずその寝顔は笑みを浮かべていて。

「…ふふっ」

時折笑いながら寝言を零すその姿に、こちらも思わず笑みが溢れてしまう。

「…夢の中の僕と、何の話をしてるんですか?」

何か、妬けちゃいます。
そんな、冗談めかした事を独りごちてみたりして。

夢の中の僕も、きっと君に気持ちを伝えられないままなのだろう。
そして、今はまだこのままでってきっと僕と同じく笑ってるんだろうか。

「…この気持ちも、これも。全部内緒にさせて下さいね、サトシ」

そう、1人苦笑いを零して。
どうやら臆病でヘタレな自分は、気づかれないようにこっそりしてしまう、ズルい一面も持っていたらしい。
そんなズルさも、ちょっと今は内緒で。
今日だけ。

「…今日だけ、ですから」

そう、小さく寂しげに笑ったりして。
明日もこれからもほんの些細な一瞬でも、君と笑い合って過ごしたい。
伝えなくとも、君とこうして過ごせる事が本当に嬉しくて、幸せなんだから。
だから、

(…この気持ちは、このままで)

そう、目を閉じて。
思うのは寂しい気持ちじゃない。
明日からのまた続く日々、キラキラと輝く毎日。
そんな毎日を皆と、そして君の『隣』で歩ける事。
楽しみで、嬉しくて仕方ないんだ。



明日はサトシのリクエストのパンケーキを焼いて。
またユリーカにブラッキー色だって突っ込まれないようにしないと。
あぁ、セレナが作ってくれたモモンの実のジャムを添えてもいいかもしれない。

それで、明日皆でテーブルを囲みながら。
笑顔でそれにかぶりついて。



「…ふふ、」

そして君は美味しいって、また笑ってくれるんでしょうね。
そんな一時一つ一つを。

僕は大事に過ごしていきたいんだ。



そう思いながら、クスリと笑みを零して。

「…おやすみなさい」

再び、軽くキスをした。




そう、これは『君への想い』のキスじゃなくて、
まだ『おやすみなさい』のキスにしといて。



そう思ってしまう僕は。


やっぱりズルいのかもしれない。




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