novel
□兄達の選択
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残暑の残る頃、大型連休を利用して10年程前に家を出た兄二人が帰ってきた。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい。成一─セイイチ─、幸親─ユキチカ─」
出迎えたのは、母咲樹─サキ─。珍しく仕事が休みだったようだ。父吉治─ヨシハル─は相変わらず仕事だが。
「元気そうで何よりです。母さん」
「あなた達も、元気そうで良かったわ。お義父さんにも顔を見せてらっしゃい」
「はい」
久しぶりの再会でほのぼのしている横を、良浩がスルーして行く。どこかへ出かけるようで、肩から少し大きめの鞄を提げていた。
「せ……良浩、もう行くの?」
「うん。解んない問題が何問かあったから、早めに行って教えてもらう」
すぐ近くに兄二人がいるにもかかわらず、良浩は見えていないようだった。面識があまりないというのも手伝っているのだろう。
「そう。ちょっと待ってなさい。篁くんに渡してもらいたいものがあるの」
「分かった」
パタパタと奥に引っ込んだ咲樹。玄関になんとも言えない空気が流れる。
じーっと良浩を見つめる二対の視線が鬱陶しいのか、胡乱げに視線を返した。
「何か」
「良浩かい?大きくなったね」
「見違えたぞ。小さい頃は可愛かったのにな」
「本当に。女の子にモテるんじゃないか?」
「特には。そういうのに興味ないですし」
どこか他人行儀。良浩は冷めた目をしている。やはり、この兄達も良浩が女だということに気づいていない。否、知らないのだ。
そこへ、咲樹が戻ってきた。
「これを渡してちょうだい。こっちは一緒に食べてね」
「はい。ありがと、母さん」
「いいのよ。このくらいしかできないんだから。今日から泊まるんでしょう?」
「うん。………行ってきます」
「行ってらっしゃい」
少し荷物の増えた良浩が出かける。久しぶりに、行ってきますなんて言った気がした。
良浩を見送った咲樹は、まだ玄関にいる二人を促す。
「ほら、あなた達は早く上がりなさい。お義父さんに挨拶するんでしょう」
「そうでした」
「おじい様にどやされるな」
軽口を叩きながら、明晴の所へ行く二人の頭からは、良浩のことなどすっかり抜け落ちていた。
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