本棚T

□呼んでほしい、誰よりも君の声に
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「本日はお招き頂きありがとうございます」
決まり文句のように挨拶を交わすエドガーと招き主。今日は仕事の付き合いだということで、エドガー一人で会場に来ている。ほんとうはリディアと一緒に来たかったのだが、生憎彼女は自分の仕事《妖精博士》の依頼があり、どうしても来れなかった。いつも通り笑顔を振り撒きながら用意された飲み物を頂く。寂しいながらもパーティーに参加したが、やっぱり気分が乗らない。

(リディア…)

思い浮かぶのは眩しいくらいに微笑む彼女の姿。そんな彼にパーティーへとやって来た令嬢たちは、さりげなく彼に近づくチャンスを待っていた。
「エドガー様!お会いできて光栄ですわ」
一人が声をかけるとあっという間にエドガーの周りに美しい令嬢たちが集まってくる。以前の自分なら、こんな状況になればついつい甘い言葉で囁いてしまう。でも今は違う…。
たった一人、リディアでなければ甘い台詞も囁きたくない。彼がそんなことを考えているとは思わない令嬢たちは彼の作る表面上の笑顔に喜びの声をあげる。

(リディア、君に会いたい)
仕事だから来れないと分かっているが、それでも思わずにはいられない。せめて彼女の声だけでも…と、エドガーは願ってみた。
「どうして先に行っちゃうのよ」
「え?」
後方より聞きなれた声が聞こえ、思わず振り返ってしまう。そこには、リディアが立っており、不機嫌そうな表情で彼の姿を捉えている。
「リディア、どうしてここに!!」
いるはずのない彼女を目にして、エドガーは混乱する。リディアはつかつかと歩み寄り、集まる令嬢に一瞥すると彼を引っ張って行く。リディアの気迫に押されて令嬢たちは何も言えず、去って行く二人を見送った。








夜風が心地よく通り抜けるテラスに、まだよく状況が飲み込めていないエドガーがリディアに問う。
「どうして、今日は仕事があるから行けないって…」
リディアは、はぁっとため息を漏らすと話し出した。
「私の話しを最後まで聞かずに出て行くからよ!」
「最後までって?」
「だから、仕事は夕方までに片付くから、一緒に行けるわねって言おうとしたの!なのに返事も待たずに出てっちゃうんだもの」
キャラメル色の髪が風に吹かれ、不揃いに揺れる。少しの間を置いて、エドガーは優しく彼女を引き寄せた。
「ごめん、リディア。早とちりして…今日は行けないんだって思ってしまって」
「…仕方ないわね、許してあげる」
ほんとうはそう簡単に許すつもりはなかったのだが、彼の謝る姿を見ていると、どうしても許してしまう。
「じゃあ…パーティーに戻りましょう」
彼から離れ、もどかしい気持ちを早く切り替えようと歩き出す。しかし、
「行かないで、リディア!」
いきなり背後から抱きしめられ、リディアはびっくりしてしまう。
「な、なに!エドガー?」
「…んで…」
「え?」
よく聞き取れないわ、もう一度言ってと顔を彼の元に向けた瞬間、唇を奪われる。ほんの一瞬の出来事で、離された後も実感がない。不意打ちキス…そんな言葉が頭を巡る。
「な、なんでエドガーってば…」
しどろもどろになりながら、キスした理由を問いただそうとする。
「呼んで、もっと…」
「え…」
「名前…」
意味は分からないが、リディアは彼の名前を呼んでみた。
「エドガー…」
「もっと…」
「エドガー」



君に名前を呼ばれるだけで、こんなにも満たされてしまう。
もっと聞きたいけれど、今日は我慢しておこう。

彼の思いとは裏腹に、リディアは何故名前を呼ばせているのかと、キスの理由を問いただそうと必死になる。

エドガーはその度に呼ばれる自分の名前にドキドキするのだった…。





END
 

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