本棚T

□願いが叶う日 後編
1ページ/3ページ


妊娠したかも知れない事実を隠し、リディアは帰宅した夫にそのことがバレれないか、ヒヤヒヤしながら彼を迎え入れた。昼間、何度も病院に行こうと思ったが、その都度レイヴンについて来られそうになり、行けなかった。
「エドガー、お帰りなさい」
(だって妊娠してるって言ったらレイヴン、絶対エドガーに伝えるもの。それも迅速に)
それだけはどうしても避けたかった為、レイヴンには風邪かも知れない、少し横になっていれば大丈夫と話し、その場はおさまった。
「リディア、ただいま。もう起きてて大丈夫なのかい?」
帰宅後の彼は妻の体調不良の件を既にレイヴンから聞いているようだった。
「ええ…お昼からゆっくり休ませてもらったから大丈夫」
にっこり微笑み、今は全然平気という仕草をする。
「そう、ならいいんだけど。あんまり無理しないようにね」
リディアの頬に優しく手を添えて、心配そうに話す。

(そんな顔しないで、ついポロッと 妊娠したの って言いそうになるじゃない!)
そんな感情にとらわれながらも、エドガーと共に食卓へ向かう。一つ目の難関は突破したが、続いて第二の試練が待ち受けている。休んでいる間は、食欲がないという理由で、水しか飲んでいなかったが、 大丈夫 と言ってしまった以上、食事をとらなければ怪しまれる。極力吐き気の起こらない食べ物を選んで食するが、やはり沸きき起こってくる嘔気は押さえられない。カタンと席を立ち、彼から表情を見えないように下を向き、足早に部屋を出た。
「リディア、どうしたんだい?」
状況が呑み込めていないエドガーは、突然席を立ち出て行った妻を追いかける。
「リディアさん…顔色が優れないようでしたが…」
ドア近にいたレイヴンが妻の様子を教えてくれる。廊下に出ると、前方でリディアが洗面台に駆け込むのを見かけた。エドガーも急いで洗面台に向かう。
「リディア!!」
「!!」
驚きながら振り返ると、夫が追いかけて来ていた。
「あ…エドガー…」
流れる水の音に消され、リディアの声は彼に聞こえない。
「やっぱりどこか具合が悪いんだね。どうして言わなったんだい?」
「別に具合が悪いわけじゃ…それに怒らなくても…」
「君のことが心配で…リディア?」
リディアは視界が真っ暗になっていくのを感じた。エドガーが必死に自分の名を呼んでいるが、ぼんやりとして聞き取れない。彼に抱きかかえられたところでリディアの意識は飛んでしまう。


微睡み意識の中、リディアは夢に出できた妖精と対話していた。
《嫌いなの?》
《何が?》
《…のこと…》
《…よく聞き取れないわ…もう一度…》
それに昨日の“来ては行けない”と言う意味も聞こうとした。
《……》
沈黙の後、妖精は思いきった声でリディアに話しだした。
《…リディアお母様…》
《リディアお母様?どういうこと?》
《今…お腹にいるのが…私(僕)なの…》
それを聞いたリディアは思わず自分のお腹に手を当てた。今、目の前にいるのはリディアとエドガーの子どもの《精》で、なかなか父親に妊娠したことを話さない母に、自分は産まれてきてはいけない存在なのか?と思い、母親の夢に出てきたらしい。
《違う…違うわ、私はあなたのこと嫌ってなんかいないわ…。ごめんなさい、不安にさせて…》
《ほんとに…お父様に話してくれるの?》
《もちろん!》
返答と共に抱きしめる。リディアのその言葉を聞くと、妖精はにっこり微笑み、ゆっくりと姿を消していく。消える瞬間、灰紫の瞳が見えたように思えた。視界が真っ白になるにつれ、ゆっくりと目を開けていく。
「リディア!大丈夫かい!」
「…エドガー…」
エドガーは、傍らで手を握りながら、妻の目覚めを待っていた。
「…あ、エドガー、私あなたに言わなくちゃならないの」
「なんだい?」
「あのね…私、赤ちゃんができたみたいなの」
今なら素直に言える。脳裏に浮かぶのはあの妖精の姿。
「…ほんとうかい?赤ちゃんって…」
「私とあなたの赤ちゃん…今お腹にいるのよ。」
夫の手を自らのお腹にのせて話す。
「まだ小さい命だけど、ゆっくり…ゆっくり成長しているわ」
顔を上げれば嬉しく微笑む夫がいる。
「ほんとに…。リディア、僕の子どもを産んでくれるのかい?」
「当たり前じゃない、大好きなあなたとの子どもだもの」
「ありがとうリディア!!」
ベットに横になっているリディアを思わず抱きしめてしまう。

室内にいたトムキンスやメイドらは伯爵家の新しい命の誕生に声をあげて祝福してくれる。もちろんレイヴンもだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ