本棚T

□お出かけは夫婦揃って
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「リディア、どこに行くんだい?」
昼食を食べ終えたリディアが席を立ち、食卓ルームを出かけたとき、夫のエドガーが声をかけてきた。
「え?買い物だけど。」
リディアは至って普通に返事を返す。特に黙っておく必要などないと思ったからだ。
「じゃあ、僕も一緒に行くよ!」
「…そう一緒に…ってエドガーも!」
危うく“いいわよ”と言ってしまいそうだったが、彼の言動の意味に気づき声を荒げる。
なによ…いつもはそんなこと言わないのに。
そんなリディアの気持ちに気づいたのか、エドガーは一言付け足した。
「近頃若い女性が狙われたりする事件が多発している…。僕の愛しのリディアが狙われでもしたら大変だ。だからついて行くんだよ」
たしかに事件のことはリディア自身も知っている。でもいつも彼の従者レイヴンがついて来てくれているので安心していたのだった。でも急にそんなことを言い出す夫にリディアは嫌な予感がした。

絶対なにか隠し事してる…。

エドガーと夫婦になり、彼の行動が段々と分かってきた。今回も間違いなく何か企みがあるんだろうと思ったリディアは丁寧に断る。
「大丈夫よ。あなたの優秀なレイヴンが居てくれるんですもの。あなたはお仕事に専念してね」
にっこり微笑み、部屋を立ち去ろうとしたリディアだが、次の彼の台詞に冷や汗を流した。
「ああ、今日から君の買い物はレイヴンやメイドたちと一緒じゃなく、僕が行くことになったから」
ちなみにレイヴンには違う仕事をするように言ってある、なんて言い出す。
「な、なんでよ!」
「だから君が狙われたりしたら…」
(それは絶対建前でしょ!)
彼の思惑に、リディアは悪態をつく。
「…もう今日は買い物やめるわ」
そう言えば夫も諦めてくれるだろうと思った…しかし現実はそう甘くはない。
「じゃあ今日は何もない日になったから、僕と一緒に仕事の用事について来てくれるね?」
「……」
どうあろうと自分を連れて行きたいらしい夫…。買い物について来られるのも困るが、仕事の用事について行くのは尚更嫌だ。最近繕い笑顔が苦痛に感じてきたリディアは、最低限の社交界参加しかしないように決めていた。買い物を一緒に行くか、彼の妻として仕事について行くか…。リディアは選択を迫られる。
(そんなの、どっちも困るわ!)
けれど、どちらかを選らばなければこの場から脱出できそうにない。迷いに迷ったリディアが出した答えは、
「…やっぱり買い物に行くわ…」
だった。彼女の返答を聞いたエドガーは、じゃあ早く行こうと既に答えを分かっていたような素振りだった。








揺れる馬車の中、自分の思い通り買い物に行くことになり喜ぶ夫。そんな彼の様子に、リディアは上の空で窓の外を眺めている。
「ところでリディア、今日は何を買いに行くつもりなんだい?」
「レイヴンは、一々そんなこと聞かないわ」
夫がどんな企みをしでかすのか内心ヒヤヒヤのリディアだが、彼にその気持ちを悟られるのも嫌なので、出来る限りの無表情さで答えてみた。
「レイヴンが聞かなくても僕は聞きたいんだ」
なんで?と聞き返そうとしたが、またまた夫のペースに乗せられそうなので、コホンと咳払いし、
「次の角を曲がったお店で買うの」
そう告げる。夫はそんなんだ、と返事を返すと何も言わなくなった。ほっと安心したかと思うと馬車が角を曲がり停車する。リディアがゆっくりと馬車から降りると、先に降りていたエドガーが、グイっと自分の元へ引き寄せる。
「きゃ、何?」
引き寄せられた理由も分からず、まして大勢人のいるこんな町の中で抱き寄せられると、さっきまでの無表情は消え去ってしまう。
「君を一人で行かせなくてほんとによかった」
「え?どういう…」
彼の言う意味が分からず、暫く呆然とする。少ししてやっと夫の発言の意味を理解した。
リディアが降りたその場所は、よく女性が狙われている場所だった。その証拠に、薄暗い路地の間には柄の悪い連中が、こちらの様子を伺っている。
もし、一人で来ていたら…
間違いなく、彼らの餌食になるところだっただろう。身震いし、抱きしめてくれている夫に感謝する。
「ありがとう、エドガー。私…変にあなたのこと疑って。ほんとにごめんなさい」
見上げれば、優しく微笑む夫の姿が目に映る。
夫の企みは特になく、逆に自身を守ってくれたので、良しとしようと思うリディアであった。












おしまい…?
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