本棚T

□君と見る景色
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「今日は天気もいいし、外でのんびりお茶でもしましょ」
晴れた朝、リディアはんーと背伸びすると、窓辺に近づく。冊子はまだ乾いていなく、水滴がついている。窓を開けると入ってくる新鮮な空気。
「爽やかな風。今日も1日幸せでいられますように」
ほんの細やかな願いだが、リディアにとっては大きな願い。
あと少し…この家でいられる自分だけの時間は。一週間後に迫ったエドガーとの結婚式に備えて、忙しい毎日を過ごすリディアにとって今日は唯一の休息日だった。
朝の空気に触れていると、階下より父の呼ぶ声がし、リディアは返事を返した。
「はーい、今行くわ、父様」
トントンと階段を降り、父の元へ行く。
父は玄関前でリディアを手招きしており、その横には、婚約者であるエドガーの姿があった。
「エ、エドガー!」
突然の来訪者に、思わず声を荒げてしまう。
「リディア、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。彼はもうすぐお前のかけがえのない人になるんだ」
かけがえのない人って…父様…
父は既に彼のことを家族だと認識しているようだ。
(まだ結婚してないのに、父様ったら)
少し不機嫌そうに父を見るリディアに、エドガーはクスリと笑う。
「ではカールトン教授、先程話した通り、リディアと二人で行って来ます」
え、先程話したって…何?
なんのことかさっぱり分からないリディアはエドガーと父親を交互に見比べた。
「分かりました。では、娘をよろしくお願いします」
その間にも二人の会話は進み、リディアはあっと言う間に馬車に乗せられ、家を後にした。揺れる馬車の中で、さっきにも増して不機嫌な彼女がエドガーを見ている。
「ねえ、どこに行くのよ!私、今日は家でのんびりしようと計画してたのよ」
それをいきなり馬車に乗せられ、計画を壊されたのだ。最後に行き先ぐらい教えてくれてもいいでしょ!と、リディアは怒る。窓枠に肘をついて外を眺めていたエドガーは、リディアの方に向き直った。
「行き先はね、内緒。行ってからのお楽しみ」
にっこりしながら、肝心なところは答えてくれない。
忘れていたわ、彼の性格を…。
大方、婚約者お披露目会と称したパーティーに出るなどのリディアにとっては楽しくないところに行くのだろう。
「はい、分かりました」
これ以上聞いても、自分が悲しくなるだけだと、リディアは返事を返してプイっとそっぽを向いた。沈黙が流れる馬車の中。これから結婚するという二人には気まずい雰囲気である。
もう、どうしていつもエドガーは大事なことを教えてくれないの?
リディアは景色を眺めながら思った。これから夫婦になるというのに、隠し事なんて無く、なんでも話せるようになりたい。その思いに気づいていない彼に、リディアは段々と腹が立ってきた。
すると、眺めていた景色が急に静止する。恐らく馬車が停車したのだろう。隣に座っていたエドガーは、扉を開けてリディアを待っている。
「リディア、着いたよ」
「分かってるわよ。今降りるわ」
まださっきの怒りがおさまらず、怒り口調で馬車から降りる。エドガーから差し出された手を払いのけると、一人スタスタと歩き出す。少し距離をとってエドガーもついて来る。
そう言えばここって…。
リディアは歩きながら見慣れた風景に目を止める。
「もう少しだ」
リディアに追いついたエドガーは彼女の手をしっかり握ると歩き出した。
「ねえ、ちょっとエドガー。あなたの行きたい場所って…」
手を繋いだまま二人は歩く。歩いた先に広がる美しい景色。
「ここは…」
リディアは足を止めた。たくさんの花が咲き乱れ、彼女にしか見えない小妖精がいる場所。そして景色の中心にある…
「母様…」
《アウローラ・カールトン、ここに眠る》
母親のお墓であるここに、なぜエドガーが連れて来たのだろう?分からないまま、エドガーの方を振り向く。彼は真剣な眼差しで母のお墓を見つめていた。
「エドガー、どうして私をここに連れて来たの?」
もしかしたらまたはぐらかされるかも知れない。でも、聞いてみたい。暫くしてエドガーはリディアの手を引いて母親の墓前に立つと、リディアに向き直る。
「僕が君をこの場所に連れて来た理由、それはね…」
二人の間に柔らかな風が吹き抜けて行く。
「君の母上に結婚のご報告と、誓いを聞いてもらうためだよ」
え…、母様に結婚の報告をしにここへ来たの!それに誓いって…。
リディアは気になったことを聞いてみた。
「ねえ、誓いって?」
エドガーは優しく微笑むと、再び墓前を向く。
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