09/09の日記

17:46
君はペット 現代パロ
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(年上×年下)

ゼオンシルトがそれを見つけたのは偶然だった。
激しく降る雨の中傘も差さず佇む様は、まるで幻のように瞬きすれば消えてしまいそうで、危い。白銀の髪と煙る雨を見詰める黄金の目は、一目すれば忘れられない印象がある。
だからだろう。いつも何気なく通り過ぎていた公園の前で足を止めたのは。
その存在の何に惹き付けられたかなんてわからない。それでも、小さな興味が向かうままに観察していたらその存在と目が合った。――と、思ったらゼオンシルトの視界から消えた。姿そのものが。
本当に幻だったのか。だがあまりにも儚い姿が目に焼き付いている。
ゼオンシルトは自然と足が動きそれがいた場所まで赴いた。
何もない。周囲を見渡したが隠れられるようなものはないのに影すら見当たらない。
気のせい、だったのだろうか。この雨だからそれもありえるやも知れないが。しかし、あれは見間違いでもなんでもなかった筈だ。
とは云え何度見渡しても同じ風景が広がるだけで、人らしき物はやがりどこにもない。
気のせいならば仕方ないかと踵を返そうとして――しかし足を引っ張られて何だと足許を見た。
「……足許とは盲点だった」
自身の足に触れる白い手を辿ると白色が地面に転がっていた。
誰彼構わず介抱してやるほどお人よしになったつもりはないが。それを拾ったのは、ただ興味があったから。
その日から三日後のことである。
ゼオンシルトがリビングで朝食の用意をしていたら、寝室のドアが音もなく開いた。目を向けるとだぼだぼの白いシャツを着た少年がこちらを窺うように立っていた。
無表情ながら警戒した様子に仕方ないかと息を吐く。
目覚めたら知らない部屋で寝ていて、おまけに明らかに自分のではない服を着ている。警戒するのが普通だ。
「おはよう」
「……おはよう、ございます」
透き通るような声。自然と耳に馴染んで心地いい。
「そう警戒しないで、何もしてないよ。身体に違和感はないだろ?」
「……はい」
「ああでも、雨でずぶ濡れだったから風呂には入れさせてもらったけど。服もその時に替えたよ」
「…………お手数をお掛けしました」
少年の目許が赤く染まる。初々しいその様に自然と口許が綻んだ。
「立ち話もなんだし、そこに座ったら」
「……いえ、帰ります」
「――帰る家もないというのに、どこに帰ると云うのだい?」
今迄目を合わせないようにしていた少年が初めてゼオンシルトを見た。琥珀の双眸を見開いて、どうして、と小さく呟いた。
「見たところ十二、三の未成年者。持ち物は財布と携帯のみ。実は君を拾ってから三日は経っているんだが、その間、親しき人物からの連絡は一切なかったからね」
「…………」
「それに、あの公園は所謂ハッテン場だ。あの日は豪雨だったから誰もいなかったけれど、君が何をしようとしていたのかはわかるよ」
見る見る少年の顔が青褪める。
「そんな風には見えないのに、君は自分を売ろうとしていたんだね」
いっそ憐れなほど身体を震わせる少年に、ゼオンシルトは微笑んだ。
彼の事情は知らないが境遇には同情する。ゼオンシルトとて決して恵まれた境遇とは云い難いが、身を落さなければならない程ではなかった。もし、そうだったら自分なら耐えられない。潔く滅ぶ方を選んだだろう。
しかしこの少年は違う。
朧な姿に強く浮かぶ光をあの日見た。激しい雨の中でさえ霞むことなく強く光り、ゼオンシルトを惹き付けた。
俯き見えなくなった顔をゼオンシルトはじっと見つめる。
「――そうだ。おれは自分を売ろうとした。生きる為に身を汚したって構わない。生きる為なら、何だってする」
顔を上げた少年に浮かぶ光――強い意志が宿った目。
「おれは生きることを、絶対に諦めない」
そう、それだ。ゼオンシルトが見たかったのは。
「――いい志しだね」
同情はする、が、冷たいようだが具体的に手を差し伸べてやろうとは思わなかっただろう。時に、中途半端な優しさは、相手を絶望の淵に追い遣るからだ。だが、これはとても面白い。中途半端ではなく本格的に関りたくなるくらい。となれば、すぐに捨ててしまうには酷く惜しい。
にやりと笑んで少年に近づいた。
逃げることも出来ただろうに、睨むように見上げて来る少年はゼオンシルトが顎を掴んで引き寄せても何も変わらなかった。
鼻がぶつかりそうになるまで顔を近づけて、少年の目にゼオンシルトの顔だけが映るのに愉悦を感じる。
「逃げないのかい? オレが何をしようとしているかわからない訳でもないだろう」
「……望むところだ。それに――おれは高いぞ?」
挑発するゼオンシルトに薄い笑みを浮かべて少年は仕返して来た。ますます面白い。
軽く目を伏せあまりない距離をさらに縮める。互いの吐息が混じり口唇が触れるか触れないかのギリギリのところで、少年がぎゅっと目を瞑った。
ゼオンシルトは込み上げる笑いを抑えて少年の口唇の端に口付けた。
「……ふぁ」
少年が拍子抜けしたような間抜けな声を出す。
ゼオンシルトは堪らず顔を背けて吹き出した。
「……なに、笑ってるんだ」
「いや、すまない。あまりにも、可愛くて」
虚勢を張っているのがよくわかる。
目許を赤らめて睨んで来る少年は確かに綺麗な容姿をしている。強がるその姿は征服欲だとか支配欲だとか、男心を煽る要素を備えていて。これなら男を捕まえるのは容易いだろう。
だが、誰よりも先に見つけたのはゼオンシルトだ。それに彼の目は大層気に入った。
「決めた。君はオレがかうよ」
「!? ……本気、なのか」
「嘘は嫌いなんだ。かうと云ったらかうよ」
「……わかった。おれは買ってもらう身だ、従おう。幾らが相場なんだ? あんなところにいて、自分を売ると意気込んだはいいが、正直よく知らないんだ」
「さぁ? オレもペットを飼うのは初めてだしね。しかも人間。飼うとしたら食費に光熱費、ああ服飾費とかも掛かるかな。まあそういうのは追々でいいか。あと」
「ちょっと待ってくれ! 何だか話が噛みあってない気がするんだが。おまえはおれを買うのだろ?」
「ああ、飼うよ」
「いや、だから、おれが云っているのは物を買う方の買うだ。おまえが云っているのは、」
「動物を飼う方の飼うだね」
「…………頭のネジ外れてるんじゃないか?」
「友人によく云われるよ」
「…………」
悪びれる様子のないゼオンシルトをどこか可哀想なものでも見るような目で少年が見た。
「……顔はいいのに色々残念なんだな」
「褒め言葉として受け取っておこうか。それで君の名前は何にしよう? 参考までに君の元の名前を聴いておこうか」
「名前を捨てた覚えはないんだが……メークリッヒだ。おれをどうしようがおまえの自由だが。この名が気に入らなくても、名を変えることだけはしないで欲しい」
「ああ、しないよ。親から貰ったものは大切にしなきゃね」
「……まともなことも云えるんだな。そう云えばおれはおまえの名前を知らないんだが」
「ゼオンシルトだ。でも、ご主人様って呼んでくれても構わないよ」
「…………」
呆れたような琥珀の眼差しにも構わずゼオンシルトは上機嫌にリビングのソファに座った。
「おいで、メークリッヒ」
両手を広げてメークリッヒを待つゼオンシルトだったが少年はなかなか近づいて来ない。
「どうしたメークリッヒ? ほら、おいで」
「……おれはおまえのペットになるとは云ってない」
「可笑しなことを云うね。君は承諾したじゃないか。自ら従うと云ったのはメークリッヒ、君自身だろ?」
「それは……」
そうだ云った。云ってしまった。
メークリッヒはやられたと顔を覆った。目の前の男は全てわかった上でそうしたのだ。
ネジは外れているくせに頭の回転が速いなんて、まるで詐欺に合ったかのような心境だ。
「メークリッヒ、おいで」
「…………わかった」
返事をするまでの間のメークリッヒの葛藤は想像するに難くない。
「いい子だね」
隣に座ろうとして、だがゼオンシルトは両腕を広げているのだ。凄く、いい笑顔で。ここに座れ、と無言で威圧を掛けられて仕方なくゼオンシルトの膝に跨るように座った。向かい合わせで。
何が楽しいのか、ゼオンシルトはメークリッヒの目を見詰めてくる。逸らそうとしたら両手で顔を固定され無理矢理合わせてくるのだ、一々反応を返すのも面倒で結局メークリッヒもゼオンシルトの目を見続けることにした。
「おれはペットとして何をすればいい?」
「ペットは飼い主が愛でるものだろう。別に何もしないでいいよ」
「それじゃおれの気が済まない。おまえが許してくれるなら出来る限りの家事をやらせてくれないか?」
「許してくれるなら、か……いい響きだね」
「……つくづく残念なんだな」
「君の自由にすればいい。オレは君の意思を縛るつもりはないから。まあ、でもしてくれるならありがとうと云っておこうかな」
「わかった」
「ああ、それと」
ゼオンシルトの秀麗な顔が近付いたと思ったら口唇に柔らかな感触。
他愛なく停止した思考の中、離れていく深紅の目をただ追った。
「ペットを愛でるのにキスや触れ合いは当たり前だろう? あと、首輪も必要かな」
動けないメークリッヒに構わずゼオンシルトはメークリッヒの喉に噛み付いた。
噛まれ、吸われ、また噛まれて、舐められる。その感触にメークリッヒは背中に電気が流れたような痺れを感じ湯気が出そうな勢いで身体を真っ赤にさせた。
「消えたらまた付けるから、君から付けて下さいって云いに来るんだよ」
「――っ!」
絶句。言葉を失ったペットが自身の白銀の髪に纏わりつく優しい指の感触に、現実逃避を計ったことは最早云うまでもない。

-fin-

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