01/23の日記

17:34
耳と尻尾と好奇心
---------------

大まかに。いやいっそ杜撰だと云われかねないほどの大雑把さで分けるとするならば。
人の性格というものはみな犬らしいか猫らしいかの二通りに分類されるとゼオンシルトは思っている。
犬や猫に詳しいわけではないが、やはり薄らぼんやりと抱いている一般的なイメージというものがあるだろう。
そのイメージの中で云えば犬は人懐っこく従順で、猫は自由気ままで気紛れな生き物だ。
こうして考えて、だとするならば、彼はどちらだろうという疑問が湧いた。情に厚く命令に忠実なところが忠犬のようだと常々思っているが、その実、自由気ままなきらいもあるし日溜りの中でまどろんでいる年経た猫のような印象もある。
そんなことが気になって、つらつらと考えた結果、昨日ゼオンシルトは少しばかり厄介なだけで人体への有害性は一切含まない薬をメークリッヒにこっそり投与するに至った。
そうして一夜明けた今。
「ゼオンシルト!」
着れればいいを地でいくメークリッヒはあまり服装に頓着しないが。暑そうだとか寒そうだとか、そういった他者が見たら不愉快になる服は着ない。そんな彼が陽の光が燦々と射し照らす中、見るからに暑そうな茶色の外套に深く被ったフードといった出で立ちで飛び込んできたのだ。
「おや、思ったよりも早かったね」
ゼオンシルトが至って平常通りの何気ない調子で口を開けば、メークリッヒがキッとその眼差しを鋭くする。
「早かったね、じゃない! なんなんだこれは!!」
「何って?」
予想は付いているものの空惚けてみせると、メークリッヒはまさしく掴みかからんばかりの勢いで部屋に入るなり胸倉を掴んできた。
そのあまりの勢いについよろけたふりをして、そのままメークリッヒ共々ゼオンシルトはどさりと床の上に崩れ落ちた。
「おっと」
「っ……!」
その瞬間、ばさりとメークリッヒの被っていたフードがはらりと脱げる。
するとそこに、ゼオンシルトが昨日目論んだとおりのぴくりと動く獣の耳が見えたのだった。
「猫耳か。可愛いね」
「っ、惚けるな。どう考えてもお前の仕業だろう!」
メークリッヒの怒る声に合わせて、三角の耳がぴくんと揺れる。獣の耳というものはその動きを持ち主の感情に大きく左右されるらしい。
やはりなかなか悪くない。
そんな独り言を胸の内に仕舞い込んで、ゼオンシルトはにっこりと微笑みかける。
「一日もすればなくなるから、それまでの辛抱」
「辛抱って……」
「だから、それまではこの部屋でゆっくりしてって。ね?」
外で誰かにそれ見られるの嫌だろ、と。そもそもそれが誰の所為かはさて置いて諭すようにそう云えばメークリッヒははっとしたように口を噤んだ。
のし掛かるようにして自分を覗き込むその、必死かつ不安げな表情にゼオンシルトが思わず一層笑みを深めると、それを向けられたメークリッヒが僅かに赤みの差した頬のままぐっと息を呑んだのがわかった。
「……いつ何をしたかなんてまどろっこしい事は訊かないが。何のつもりなんだ、これは」
埒があかないと諦めたのか、深々と溜息をついたメークリッヒはちらりと見遣るように視線を上へと滑らせた。
その視線の先にあるのは勿論猫のそれを模した耳だ。
ただ、自分の頭の上とあってはその目的のものをメークリッヒが自らの視界に映すことは適わなかっただろう。
果たして耳に生える異物の感触というのはあるのだろうか。
ないならばないで、それではメークリッヒは鏡か何かでその存在に気付いたのだろうか。
可哀想なことと思いつつ、慌て困惑するメークリッヒの姿を想像すると、にやけるようなだらしのない笑みを浮かべずにはいられなかった。
「なんだろうね?」
「真面目に答えてくれないか」
「真面目に答えているとも。ちょっとした好奇心だよ」
そう云いながら、ゼオンシルトは自分に馬乗りになったままのメークリッヒにひょいと手を伸ばす。
掌と親指で挟み込むようにして、時折揺れてはその存在を主張する耳にしっかりと触れると、まるでそれに反応するようにメークリッヒが身体ごとびくりとその耳を震わせた。
「ぁっ……」
「随分、敏感みたいだね」
しっかり生えているのは勿論のことだけど。と、やわやわと擽るようにすると先程の比ではないほど幾度も耳が揺れた。
痛みを生じさせない程度の小さな力で引っ張ってみても、まるで初めからそこに存在しているのが当然であるかのようにしっかりと根付いている。
動物と接する機会の少ないゼオンシルトにとって、猫のそれを模したやわらかな毛並みが手の内でひらめくのはなんだか妙な心地だった。
けれどそれ以上に、奥歯を噛み締めて堪えるようなメークリッヒの表情があまりに可愛らしくて、ゼオンシルトはそのままぐいとメークリッヒを抱き寄せた。
「ちょっ、なっ……?」
どさり。膝で支えられていたメークリッヒの身体が崩れ落ちてくるのを初めから待ち構えていたゼオンシルトは難なく抱き留める。そうして腕の中に捕らえたメークリッヒの瞳を覗き込むと、そのまま笑ってみせた。
「ちょと失礼するよ?」
「へ、っ……」
向けられた場違いなほどの笑みに面食らったか、一瞬呆けたような表情をしたメークリッヒの腰に掌を宛がうと、その手をするりと外套の中に潜り込ませる。
反射的にだろう。メークリッヒが何とかして自分から離れようとその腕を突っ張らせているのにも構わず背中を伝って掌を滑らせれば、そこには想像したとおりの柔らかな毛並みの感触があった。
「……ッ!」
「あ、耳より敏感のようだね、尻尾」
「やっ、やめ……!」
擽るようにして皮膚と尾の境に触れると、想像した以上に大きく背が撓る。その反応についつい幾度も指先を揺らめかせると、やがて力が抜けたのか、ぷつりと糸が切れたようにメークリッヒが再びがくんと崩れ落ちてきた。
「うぁっ……」
「あれ、感じ過ぎちゃったかい?」
「ばっ、変な事を云うな……っ」
散々いじめた尻尾を解放して、するりとその背中に腕を回すとまたメークリッヒがびくりと震える。
それがあまりに可愛らしい様で、メークリッヒを腹の上で抱き締めたままずるりと身体を起こすと、ゼオンシルトはよいしょと壁にその背を凭れさせた。
少しばかり崩れた正座のような格好で自分に身体を預けることになったメークリッヒはいかにも不本意そうな表情だ。
それにも構わず掌を伸ばしてその首筋を撫でると、メークリッヒがまた短く息を呑んだ。
「確か猫とかってこのあたりこうされるの好きなんだよね?」
「っ……」
やわやわと指先で擽るように撫でると、メークリッヒが少し眉根を寄せる。その細められた眼差しが、決して苦痛によるものではないことはゼオンシルトの目には明らかだった。
思わず笑みに眼差しを緩めて、ゼオンシルトはメークリッヒを撫で続けた。
ひゅくひゅくと揺れる三角の耳が、決して口にはしないメークリッヒの内心を物語っているようだった。
「ああ、そうか」
不意に、あることに思い至ってゼオンシルトは擽るその手を止める。
「な、……?」
「いや。こっちの方が正直なんだなと、思って」
「ちょっ、やめ、まてっ……!」
メークリッヒの制止はこの際あっさりと無視してしまうことにする。抱き寄せ、首筋に手を這わせ、喉許にやんわりと口唇を寄せた。
片方の手を腰に回して軽く尾に触れると、びくりと震えて床を掠めた。
「本当に嫌? もう、どうしようもないくらいに?」
口唇を離すと耳朶に鼻先が触れるほどの距離で囁く。
腰元の手をそのままに、首筋の手を背中へと滑らせると、ゼオンシルトはメークリッヒの名を呼んだ。
すると、メークリッヒは固く口を閉ざしたが、今や彼の身体の一部である尾はまるで何かのしるしのようにぱたんと揺れた。
掠めるように何度もメークリッヒの肌に口唇を寄せ、時折歯を押し当てるようにして舌先でなぞると、その度に嘘をつけないらしい猫の尾はぱたぱたとゼオンシルトの指先に動きを伝えてくる。
それを良いことに熱を持った肌をやわやわと撫で、ごく軽く何度も口付け、極めつけにあやすように名を呼べば、どうやら意地を張るメークリッヒとは裏腹にその尾は彼の感情を曝け出してしまうようだった。
「どうも、云うほど嫌じゃないみたいだね?」
「いやに決まってるだろっ……」
「本当に? こんなに尻尾が揺れているのに?」
「それはっ……」
少しだけ身体を離して、まじまじと見つめればメークリッヒはまた呆気なく口籠もる。
この時だけは項垂れるように尾が下がったが、口を噤んだメークリッヒと向き合ったままゼオンシルトが掌を悪戯に這わせると、すぐにまたゆるゆると揺らめいて見せた。
「猫って思った以上にわかり易かったんだ」
想定していたよりもずっと大きいその反応にゼオンシルトはふっと笑って、ちゅっと掠めるようにメークリッヒの口唇を塞いだ。
しかしこのままこれ以上のことをするともっといじめてしまいたくなりそうで、それではあんまりメークリッヒが可哀想だと思い留まる。
止まれる内に踏み留まるに越したことはない。
「すまない。少しだけ甘えてくる君の姿が見てみたかっただけなんだ」
君には良い迷惑だったと思うけど、と。少し眉根を寄せて詫びれば、絶句したまま顔を赤らめたメークリッヒが気まずそうに一瞬目を逸らした。
「あ、いや……」
「うん? どうかした?」
「その、」
問いながらゼオンシルトは手を伸ばす。
爪の先で小刻みに擽ってやると、メークリッヒの耳はぴくんぴくんと寝たり起きたりと随分忙しそうだ。
思わず小さな笑みが洩れて、ゼオンシルトはそれをやわやわとした動きに切り替える。
するとメークリッヒは僅かに目を細めて、宛がわれた掌にすり寄せるように頬を寄せてきた。
なんだか甘えるようなその仕草に、またも口唇に上る笑みはぐっとその深さを増した。
「……おれは」
「うん」
「確かに、素直におまえに甘えられないし、可愛げもないが」
「まぁ、そこも可愛いけどね」
「っ……、とにかく! そういうのは下手だから上手く云えないが、おまえのことが好きなのは……本当だから」
そう云ったきり、落ち込んだのかぺたりと耳を伏せてしまったメークリッヒがあんまり可愛らしくて、ゼオンシルトは言葉を全て呑み込むのもそこそこに勢いよくその腕を伸ばしていた。
本当は少し、いや、かなりメークリッヒにとっては酷い事をした自覚はあるのだが、その罪悪感を押し遣ってしまうほどに彼が可愛く思えて仕方がなかった。
「あー……メークリッヒ。本当は素直に反省しようと思ったんだけど」
ちょっと可愛すぎて無理みたいだ。
熱っぽくざらつく声でそう押し出すと、その余韻の消え去る前にするりとメークリッヒの背を撫でた。
その際、メークリッヒの一日限りの耳や尾が震えたのは明白だったが、取り敢えず今は目の前の彼に専念することにして。ゼオンシルトはもう何度目かもわからず息を呑んだメークリッヒの口唇を塞ぐことにした。

-fin-

前へ|次へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ