12/18の日記

17:45
よろしくなんて、したくない ※現パロ
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背後から感じる視線に嘆息して、メークリッヒは背を翻した。黄金の双眸が睨めつけて捉えるのは、実に人好きのしそうな完璧な「笑顔」
「何か云いたいことでもあるのか」
「はい、勿論」
これからよろしくお願いしますメークリッヒ先輩、と云いつつにこやかに差し出された手をちらりと見る。
色だけ見れば、たおやかな女性の手だ。しかし骨格はしっかりしていて節が太く、肌は滑らかなだけでなく厚い、頑丈な造りをしていることがわかる。本当に腕が立つ奴は、やたらとごつごつした手をしていないらしい、と耳にしたことはあるが、実際どうかは知らない。目の前の男に訊けば本当かどうかわかるかも知れないが、この男の過去など知りたくもない。
不信をありったけ乗せた視線で真正面から見返すと、目の前の男はきょとんと瞬いて見せた。
胡散臭くて、嘘くさい。誰も彼もどうしておかしいと思わないのだろうか。無邪気さを装った仕草一つでこの男を無害と判断した同僚の気持ちが、全然、全く、これっぽっちもわからない。
「握手」
「……したいのか?」
云いながら腕を組む。
手を取る気はないという意志表示だったが、男は正確に理解したようだ。
もうひとつぱちりと瞬きを返される。
周囲の女性達が声を掛けたそうにそわそわしている気配が伝わってきて落ち着かない。
彼女達が声を掛けたい相手は自分ではなく目の前の男であることはわかっている。まぁ、確かに彼はタレントにでもなった方がいいんじゃないかという顔立ちだから、無理もないが。いや、いっそタレントになってくれていればこうして会わなくて済んだのに、と本気で思うほど、自分としては珍しく目の前の男に対して嫌悪感を抱いている。
しかし、己の生まれながらにある頬の痣だけでも、見慣れない者の好奇の視線に晒されるには充分なのに、この男の容姿も大概人目を引く。
金髪に深紅の瞳って何だ。どこぞの王族だ、と思いかけて、これは云い過ぎかと軽く反省。
「仕事でわからないことがあるなら訊いてくれ」
反省ついでに精一杯の譲歩を見せる。
止むを得ない事情がある場合以外は話し掛けるなという意味だが、これもきっと正しく理解するのだろう。頭の回転は速そうだ。
顔を見ていたいわけではなかったが、視線を逸らすのも有耶無耶にして逃げるようで癪だったので、無遠慮に見返す。
普段から営業の友人に「もう少し愛想良くしたらどうだ」「それじゃお客が逃げる」と大変ありがたくない評判を頂いている己の不審の目だ。さぞや居心地の悪い思いだろう。
その思惑を裏切るように、すっとぼけたような顔で右手を差し出したままだった男は、笑顔の種類を変えた。
にやりと、悪童のような笑み。
「握手して下さい」
前に差し出したままだった右手が右手を捕らえた。
掌を撫でた四指が手首まで来たかと思うと、そのままがっしりと掴まれる。
驚いて振り払おうとするも 親指に込められた力は強く、走った痛みに怯んでしまった。その瞬間に男は取った手からメークリッヒの顔に目を移し、薄く笑ってすぐに離れる。
途端に沸き起こる言い知れぬ臓腑の熱。咽喉を焼くような不快感。屈辱だ。
「先輩の手って綺麗ですね」
男にとって褒め言葉にはならないことを告げる男のその目がまるで捕食者のような目をしているのは気のせいか。
男からの視線に晒されて、気分の悪さは絶頂に達しそうだった。昨夜の残業がたたっているのか、胃までムカムカしてきた。
(おれも年かな……)
まだ二十代なのに切ない考えが浮かぶ。
「これからよろしくお願いしますね」
念を押すように尚も同じことを云ってくる男を冷たくあしらう。
「おれはよろしくする気はない」
仮にも同僚となる人間に対してこれはまずいと思うが、口にした通り、メークリッヒにはこの男と仲良くする気は露ほども起こらないから、まぁ、良しとしよう。
もう話すことはないと踵を返す。
大体どうして態々己を呼び止めたのだろうか。大した話もなかったくせに。
そこに悪意が――そこまでいかなくとも、揶揄いの意図がなかった筈がない、と思い至って更に苛立ちがつのった。
「いいえ」
できることなら――そんなこと無理だが――二度と顔も見たくないと逸らした視線を引き戻される。
それほどに傲慢な声音。
「よろしくして下さい」
先輩、と打って変わって甘ったるい声で付け加えられた呼称に吐き気を覚えて、良くないこととは承知しつつも、誰にも告げずに会場を後にした。
新歓の会場でいきなり、明日からの上司をこれほど不快にさせてくれる奴もそうそういないだろうが。
自分の下にそんな奴は欲しくなかった、と人事に向けた恨み言を腹の中で押し殺すと、また少し吐き気が強まった。
(あいつとだけは、絶対に合わない……!!)
せめてデスクは離れていますように、と珍しく神頼みしたにも拘らず、翌日出社したら隣の席であの男が笑っていた。神様なんていないに違いない。

-fin-

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