01/27の日記

20:49
ノートの端書きから457
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Hさんはデボーションでイザヤ書を読んでいる。
私は弟子のように聞くようにされる。
朝ごとに。
聖書の箇所を通して、毎回違ったことを示される。
私達ひとりひとりの耳に神は語られる。
聖書は他の事柄を通して語られる。
自分だけの考えで物事進めては行かない。
自分が知らない間に罪を犯していることもある。
自分では気付いていなかくても、あまり良くないことをしてしまったり。
神様の前に悔い改める。
ヨブ記でも、神様が語らないことがあるが、基本的には神様は語ってくださる。

川は流れる。
多くの人々はイエスのところに来たが、また魔術の方に走って行った。
ここでイエスに祈れば、癒されるのですね、と訊いた人がいた。
聖書的な力がどんなにあるのかわからなかった。
メルさんに、
「祈ってあげなさい。私が癒す」
と主が言った。
メルさんは、
「病人に手を置けば癒される」
との聖句を信じて祈った。
メルさんは、祈った後、そこを立ち去った。
メルさんはつぶやいた。
そして、内心はらはらしていた。
腫れものに悩んでいた少年は癒された。
だが、メルさんは見ることができなかった。

メルさんは異言を忌み嫌っていた。
多くのキリスト者の問題がある。
イエスや聖書は異言について語っている。
だが、メルさんは異言を欲しくなかった。
神は諭しの言葉を与えた。
品物は、誰が贈り物をもたらすかについて価値が決まる。
大小関係なく受け入れるべきものである。

聖霊のバプテスマ。
ペンテコステの日に何が起こったか。
耳に聴こえた。
聖霊は風、聖霊は息。
極めて妥当なことだった。
聖霊が私達の下に臨まれる。
見えない聖霊で満たされた。
いきなり自分の口から言葉が飛び出した。
話させる通り。
聖霊が話させた。
自分で話している人にはわからない。
イエスが十字架にかけられた時、弟子達は落胆した。失望していた。
だが、その後、イエスの復活を喜んだ。
イエスは、
「宮にとどまっていなさい」
と弟子達に言った。
預言者ヨエルが語った。
ヨエルの預言は、聞いた人々への通り成就した。
これは最初の証言だった。
旧約聖書に復活が述べられている。
パウロは、旧約聖書の理解には至らなかった。
多くの不思議と奇跡。
聖霊の賜物が更に豊かに現わされる。
主に問いかけた人がたくさんいた。
三千人が主を信じた。
エクレシアが誕生した。
物を皆に分配した。
全ての民が好意を覚えた。
人間の努力によるものではない。
主は日本も憐れんだ。
聖霊のバプテスマを受けた人は、聖霊に満たされることがあったが、どこかで混乱した。

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