Long

□召しませ、至福の愛
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『召しませ、至福の愛』





「名前」

「何?」

広間で瓦礫に座って読書をしていると、いつの間にかクロロが側に来ていた。


「名前、この本なんだが…」

さっきまで遠くで本を読んでいたクロロは、分厚い本をパラパラとめくり、目的の場所が見つかったのか私の隣に座り本を見せる。


「これ読んでくれないか?この部分」

「えっと…“囁く振りをして彼女の首に手を回し鎖骨の上に喰らいつき、紅い跡を幾つも付けた”…ね。すごく古い文字だよ、これ。年代ものみたいね」

「あぁ。最近見つけたんだが、難しくてなかなか進まないんだ」

「へぇ、めずらしいね」

「名前には負けるさ」

「そりゃ学者ですもの。負けたら廃業しますわ」

「はは、そうだな」

礼を言うと、彼は私の隣に座ったまま続きを読み始めたみたいだ。
私は学者をしている。専門は考古学、語学、数学、物理、化学。ほかにも色々噛んではいるが、主なのは始めの二つだ。でもそれは、表向き。


「どういたしまして」

そう言って私はまた本に目を戻したが、しばらくすると本に影が差す。顔を上げて見れば、クロロが私の読んでいた本を覗きこんでいた。


「何を読んでるんだ?何も書いてないが…」

「念で書いてあるんだよ」

「…見えないぞ?」

クロロは凝をやっているが、見えるはずはない。


「念で文字を書いた上を念の紙で覆ってあるの。この本はそれが4層になってるから、普通の念使いには分らないよ。私は読めるけど」

「へぇ、すごいな。さすが学者さんだ」

「でしょ?」

これが本業。密書やインターネット上のメールに使われる暗号などを読み解いたり、逆に書いたりするのが私の仕事だ。他にも情報屋としても活動している。副業みたいな物だが、暗号の知識があると中々情報を得るのは楽で、それなりに楽しくもある。


「そうだ」

「ん?」

クロロは何か思い立ったのか、突然立ち上がりすたすたと行ってしまった。まぁいいかとまた本に目を戻す。と、今度は明るい声が聞こえた。


「あ、名前来てたのー?」

顔を上げると、シャルがこちらに走ってくるのが見えた。


「シャルー!久しぶりー」

「久しぶり。どうしたの?仕事?」

「あ…そうだった!」

着たら誰もいなかったので読書にふけってしまってた。途中からクロロがいたのだが、彼も読書を始めたので特に何も思うところが無かったが、自宅から程近いここ、蜘蛛のアジトに来たのはクロロからの依頼のためだった。


「団長は?」

「分んない。どっか行っちゃった」

「じゃぁ、ご飯行かない?いい店見つけたんだ」

「本当?行く!あ、でも仕事終わったらね」

「じゃあ部屋にいるから、声かけてね」

「うん。分った」

またね、といつもの笑顔で去って行くシャルに手を振る。と、背筋がひやりとする。


「名前」

「うわ!」

声の主はクロロである事は明らかなのだが、振り返ると彼は何だかどんよりとした雰囲気で猫背で立っていた。


「びっくりさせないでよ!」

「…シャルと遊ぶのか?」

「え?うん。仕事終わったらね」

「…」

「クロロ?」

「そうか!」

「うわ!いきなり大きい声出さないでよ!」

「すまない」

さっきのどんよりは消えて、クロロは満面の笑みだ。


「クロロ気持ち悪い」

「な!!失礼だぞ!」

「それより、仕事で呼んだんでしょ?何?」

「仕事はまだだ」

何言ってるの?


「仕事が終わったら遊びに行くんだろ?だから仕事はしない」

「何それ?じゃあ、仕事ないなら遊びに行くね。また呼んでね」

クロロに背を向けて歩き出すと、腕を掴まれる。


「帰るの」

「それも駄目だ。」

いつもながら面倒な男だ。
私は少しだけ殺気を飛ばして、努めて低い声を出す。


「仕事か遊ぶか、どっちかしかする気ないよ?」

「う…仕事で…」

よし、勝った。
私とクロロはいつもこんな感じだ。


「これなんだが…」

私の腕を離すと、もう片方の手に握られた本を差し出した。



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