その他テニス
□●拍手小説格納庫
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[幸せはしょっぱい味]
蒸し暑くて、学校までの道が長く感じる季節。
どうして日本の夏ってのはこう、湿気が多くてベタベタしてるんだろーか。
代わりにバネさんがベタベタしてくれればいーのに。
「バネさん、」
「おうダビデ、今日も一緒に帰るか?」
「うん」
綺麗な黒髪をきらきら風になびかせながら、笑顔を俺に向けてくれる。
仮にも恋人同士だと言うのに、彼は付き合う以前と何ひとつ変わらない。
態度、仕草、やること為すこと全部。
キスしたり、それ以上なんか勿論未経験。
無理矢理抱きついたり、俺が一方的に手を握ったりはあるけれど。
それも全部振り払われる始末。
さすがの俺でも傷つくよバネさん…
でも今日こそは。
この前姉ちゃんが言ってた『お持ち帰り』ってやつをやってやろーと思う!
決意を固め、バネさんの背中を追いかける。
「ねえバネさ「あれ見ろよダビデ!」
早速誘おうとすると、華麗にセリフを潰された。
ちょっと涙目になりながらも、バネさんの指差すほうを見る。
「…犬?」
「かっわいー!どしたんだオマエ、迷子か?」
俺が傷心している隙にバネさんは犬に駆け寄っていて、笑顔で犬の顎を撫でている。
胸のなかがモヤモヤする。
認めたくないけど、犬に嫉妬した。
ぐい、と腕を引っ張る。
「バネさん、今日うち泊まらない?」
「んー?いーけど」
バネさんは一瞬驚いたような顔をしたけど、それもすぐに微笑みに変わる。
ああ、俺って信頼されてるんだ。
やましいこと考えて誘ったのに、そんな純粋な顔されたら…
「…ごめん、」
「は?何言ってんだよ、どした?」
しゃがみ込み、無言でバネさんを抱き寄せる。
その拍子に犬はどこかへ走って行ってしまった。
バネさんは驚いた様子で、俺の腕を触った。
「何かあったか?別にイヤなら言わなくていーけどよ」
何て優しいんだろう。
もしも、神妙な顔をして相談したいからと家に誘い、
貴方を襲いたくて堪らなくなったと言ったらどんな顔する?
俺のこと、キライになっちゃうかな。
そんなのヤダ。
「…なんでもない」
「ウソだろ」
「………」
イヤなら言わなくていいって言ったくせに。
俺がウソをつくとすぐ怒る。
昔からそうなんだ、バネさんってば。
俺はいま、誰よりも大好きなバネさんを守るためにウソをついてるんだよ。
恋人なんてただの肩書き。
付き合ってるなんてお飾り。
実質、俺の片思いなんじゃないだろーか。
考えてるだけで何だか切なくなってきて、バネさんに背中を向ける。
「ダビデ?」
「…俺、帰る」
「何拗ねてんだよ、こっち向け」
「帰る…」
「ダビデ!」
バネさんが俺の腕を引っ張って、振り向かせた。
泣き顔なんて、見られたくなかったのに。
「ダビ、デ…」
「今日泊まりにこなくて…」
何だか自分がイヤで、まともに相手の顔も見れずにいた。
すると急に唇が塞がれて。
「お前が嫌だっつっても、今日は泊まりに行く」
「バネさ、ん」
俺の頬に伝う涙を指でぐいぐい拭ってくれて、手を繋いでくれた。
2人で俺ん家に歩く。
辺りはオレンジ色に染まって、俺たちの黒い影が長く伸びた。
「俺だってお前のこと好き、なんだから、なっ…」
「………!」
2人の初キスは涙の味がしたけど、俺たちにとっては幸せの味だった。
*おまけ*
「記念すべき初チューがバネさんからとか…俺情けない!」
「いーじゃねえかよ別に。それとも俺からは不服か?」
「そそそんな滅相もない!だからもっかい…」
「俺からは嫌なんだろ?」
「バネさん…(涙)」