その他テニス
□●拍手小説格納庫
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[ひかるはるかぜ]
「ねえ、なんで?」
ねえ、ねえ。とバネさんに詰め寄る。
「なんで下の名前で呼んじゃだめなの?」
バネさんの腕にしがみついて、顔を近づける。
すると、眉間に皺を寄せながら視線を逸らされた。
「ほ、ほかの部員に示しがつかねーだろっ」
「聡くんと亮さんは下の名前で呼ばせてくれる…」
う、と聞こえた気がした。
みる間にバネさんの耳が赤く染まっていって、しがみついていた腕を振りほどかれた。
「バネさん…俺んこと、嫌い?」
「なっ…んなことねえよっ!」
…何故かまた怒られた。
俺、なんか悪いことしたっけな。
「じゃあ名前で呼んでもいいじゃん…」
「それはだめだ!」
「なんで、ケチ」
「何て言おうとダメ!」
いつまでも言い争いしてるのもアレだから、着替え始める。
制服を脱いでロッカーの扉にひっかけ、ユニフォームを着る。
ちらちらとバネさんの方を見たら、真っ赤な顔で固まっていた。
「バネさん?着替えないの?」
バネさんはハッとした様子で、慌てて着替え始めた。
…なんか可愛い、かも。
いや、可愛い。
もっと真っ赤な顔を見たくなった。
「じゃあ先行ってるね、春風」
ラケットを小脇に抱えてポケットに手を突っ込む。
部室の扉を素早く開け閉めして、するりと逃げた。
バネさんが飛び出してきて蹴りを食らわされるか、背後から怒鳴り声が聞こえるかのどっちかだと思った。
それなのに部室の扉は開くこともなく、声が聞こえる訳でもなかった。
気になって扉をそうっと開けると、頭を抱えたバネさんが居た。
俺はバネさんが頭痛かったりするのかと思って、心配で駆け寄った。
全国の皆勤賞を狙う生徒の見本のような健康良児のバネさんが体調を崩すなんて、一大事なのだ。
「大丈夫!?頭痛いの?」
「だいじょう、ぶ……」
「保健室いく?」
「や、いいから!どこも悪くねえよ!」
そう聞いて安心したものの、やっぱりまだちょっと心配だ。
けれど何をしていいかわかんなくて、取り敢えずバネさんにぴったりくっついてみる。
「俺は何でもないからアップしてこいよっ………ヒ、ヒカル…」
「え……」
いま何て!?
ヒカルって言った!?
やばい、嬉しい!ニヤける…
思わず押し倒さんばかりの勢いでぎゅっと抱きついて、頬擦りした。
バネさんはそんな俺を退けようとする。
今の俺はそんなことにも全くめげなくて、むしろ嬉しいくらいだった。
「ありがとバネさんっ」
「お、おう…」
恥ずかしそうに横を向いた頬にキスした。
条件反射で振り向いた彼の唇に、もう一度キス。
やっぱり普段はバネさん、ダビデ、でいいかもしれない。
だってそうしてれば、下の名前を呼ぶだけで特別な日になるから。
「ねえバネさん、もっかいヒカルって呼んで!」
「やだ」
「えーっ」
「だまれバカヒカル」
「…〜っ!」
俺達は幸せだ。