□異邦人
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 俺が朝食を済ませる時刻になっても、アイクは寝台から出ようとしなかった。何度も寝返りを打ったり唸ったりしているので、てっきり悪夢にうなされているのだと思った。が、様子を見に寝台を覗くと、悪夢よりもずっと深刻だった。顔を赤くし、苦しそうに息をしている。額にはうっすらと汗が滲んでいた。これが風邪というものだろうか。ラグズがこんな状態になるのは発情期くらいだが、ベオクは衰弱すると今のアイクのようになる……そう本で読んだことがあった。
「ん……ライ……」
「おい、大丈夫なのか!?」
治療法までは覚えていなかったため、俺はうろたえた。万能薬ならあるが、ベオクに効果があるかは不明だった。しかしアイクは何度も経験しているのか、苦笑いして言った。
「風邪なんて、じっとしてればすぐに治る」
「そうだ、薬草があるから、それを煎じてやろう」
「いいのか? 薬は高いんだろう?」
「そんなこと言ってる場合か。少し待ってろよ」
背中にアイクの視線を感じながら、俺は地下の保存室に向かった。万が一の時のために、一通り薬草は揃えてある。ベオクが日頃使うものと同じだといいのだが、そんな不安を抱えながらも、苦しむあいつをただ指を咥えて見ていることなんてできなかった。
 いつもの要領で薬を飲める形にすると、俺は急いでアイクの元に戻った。物音に気がついたのか、薄目を開けてこちらを見ている。
「取り敢えず飲んでおけよ。毒ではないから」
「ああ……すまん……」
薬を飲ませるために、アイクを起こしてやる。苦さに耐える顔が何とも可愛らしい。初めてこの薬を服用する者は大抵最初の一口で飲むのを止めようとするが、アイクは俺に悪いと思っているのか、一気に飲み下した。
「よく飲めたな、慣れもしないのに」
俺は心底感心し、口直しのための冷水が入ったコップを渡す。
「傭兵に休む暇はないからな……。治るためなら手段は選ばん」
ベオクはラグズに比べて軟弱なイメージがあったが、全員がそうではないらしい。少なくともこのアイクは、ラグズ並か、それよりももっと豪胆だった。
「なあ、治ったらお前のこと、もっと色々聞かせてくれよ。興味があるんだ」
「わかった。だが、そっちの話も聞かせてほしい。俺は知らないことばかりだから」
信念があって明確な自分を持っているにも関わらず、アイクは相手のことをよく知りたがった。彼の頭には種族なんて概念はないようだ。今の時代にそんな奴がいるなんて……俺の興味はとことんそそられた。ただの青年に過ぎないこいつが、いつかは世界を変えるのではないか。そんな突拍子もないことすら考えていた。

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