□※酩酊
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 変わっていくものを見ているのはなんと辛いのだろう。乳臭く生意気だった奴が、今や憧れだった者の面影を強く宿している。凛とした表情や立ち回り、雰囲気さえも故人のそれとよく似ていて俺の心を惑わせた。
 今まで散々馬鹿にしてきた奴を今更認めるのは悔しかった。お前は未熟だ、親の七光りだと罵り、事ある毎に小言をぶつけた。奴が将軍の称号を手に入れてからも。当然、未熟者が将軍を任されることはない。しかし頭では理解していてもどうしても力量を認めたくなかったのだ。これを意地と言うのだろうか。一度言ったことを撤回するのは性分に合わなかった。
 だが奴はもう未熟でも青二才でもない。認めていない風を装いながらも、心の奥ではそれをひしひしと感じている。俺の目にも心にも狂いはない。奴は間違いなく成熟していた。
 昼食後に外で弓の訓練をすることが俺の日課だ。訓練場にも的はあるが、他の団員がよく出入りをするから敢えて避けている。団員が苦手な訳ではなく、他人に自分の努力している様を見られるのが嫌だからだ。それに外の空気はうまい。無心で矢を放つのには最適な環境だ。天気が良い日は暑かろうが寒かろうが外で弓を触ることにしている。
 今日は風が冷たい。引き絞る手も冷たくなり、感覚がなくなろうとしていた。丁度的も使い物にならなくなっている。これ以上やっても何にもならないと、俺は弓を片付け帰る準備を始めた。
「おい、シノン」
背後で声がした。声の主はあの団長だ。俺は突然奴が現れたために動揺する。何をしにきたのか知らないが、練習の最中でなくてよかったと思った。
「な、なんだよ。アイク坊や」
「坊やじゃない。こんな寒い日に外でなんて……風邪ひくぞ」
「ふん、偉そうに忠告するのか」
ちらりと団長を見やると、それ以上何も言わず俺はそそくさと砦に戻った。もしあの場に留まっていたら厄介なことになったに違いない。

 自分でも信じられないが、奴の声が亡き団長のそれに聞こえてしまった。
 先団長はいかなる時も部下への気配りを忘れない男だった。仕事の合間を縫ってはああやって団員に声をかけ、労っていた。アイクは見よう見真似でやっていたが、それも段々板についてきた。奴が団長として自然と振る舞えるようになる度に俺の心は締めつけられていった。
 胸のつかえに顔を顰めながら、台所から持ってきた酒をあおる。
「ちっ、柄じゃねえ……」
まさか自分が自棄酒に走るとは。酒は唯一自分と対等の立場にあると思っていたのに。
 ちびちびやるつもりだったが勢いは止まらず、ついに俺は手にしたそれを飲み干してしまった。まだ底の方に少し残っている気がして瓶を傾けたが、期待も虚しく雫が一滴香っただけだった。俺は溜め息を一つ漏らすと、その辺に瓶を放って寝台に身を投げ出した。

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