□※本能の覚醒
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 物心ついた時には、アイクにはゼルギウスという兄のような存在がいた。面倒見がよい上文武両道で、端から見れば家庭教師とも思える好青年だが、彼は思いの他優しく、そのような堅苦しい関係ではなくアイクには親しげに接していた。
 任務に追われる父の代わりにアイクを養育することが彼の務めだ。
 アイクが一通りの読み書きや運動ができるようになったこの頃は、遊ぶにしても友達のようにゼルギウスを気づかい、我が侭を言って困らせる真似はしなかった。それに元々優しい性格なのか、何事も相手を優先する傾向があるようだ。
 そんなアイクにも、困った面がある。それは未だに一人で眠れないことと、風呂に入れないことだ。アイクほどの年齢であればもうどちらも一人でこなすのが一般的だが、どういうわけか彼はそれらを異様に怖がった。
 一度、父が堪りかねて叱ったことがある。しかしそれにもかかわらずアイクは頑なにその姿勢を変えようとせず、とうとうさすがの父も諦めてしまった。ゼルギウスが優しく説得しても耳を貸そうとせず、そうして今日に至るわけである。
 しかしゼルギウスはまだ完全に諦めたわけではない。入浴や睡眠の世話をしている彼だからこそ、何としてもアイクを成長させてみせるという意地があった。成長したアイクが自分から離れていくのは寂しいことだが、この考えが彼の成長の妨げとなっているのであれば心を鬼にしなくてはならない。
 どうすべきかゼルギウスが考えていると、向こうの部屋からアイクが歩み寄ってきた。手にはバスタオルを持ち、下着以外は身につけていない。時計を見ると、もう風呂の時間だった。危うく腰を上げかけたが、なんとか思い止まる。
「何してるの、ゼル! 早く入ろうよ」
「アイク、いつまでも私と一緒ではいけない。そう前から言ってるよね。今日からは一人で入るんだ……わかった?」
「嫌だよ。父さんと同じ意地悪なこと言わないで!」
「もうお子様じゃないだろう? いい加減一人で入らなきゃ駄目だよ」
「もういいよ、ゼルなんか……」
目に涙を溜め、アイクは足早に風呂場の方に走り去った。その寂しげな背中を見てゼルギウスは、可哀想なことをしてしまったと自分を責めた。

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