□変わらないもの
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カンカン・と階段を登る音が響く。昼休みとは言え、こんな校舎の端にまでやって来るのは自分と、彼だけだろう。
空気がヒンヤリとしてきた。この頃は屋外よりも室内の方が冷える。
ガチャリ・とドアを開けて呼び掛けた。
「…滝先輩」




■変わらないもの




彼が使用許可を得た為に開いて居るドアは、開けた瞬間光を閉じ込める。
「やっぱり今日も来たの?」
クスクス・と彼の癖なのだろう独特の笑い声が聞こえた。
風に乗って油の匂いが届けられる。
滝はテニス部の中で珍しく、美術部と二つの部を掛け持ちしていた。彼の描いた作品が賞を取り、全校朝礼で名を呼ばれたのも記憶に新しい。
(…何の賞かは、忘れてしまったけれど)
「若、どうかした?ぼーっとして」
「あ、いえ。大丈夫です」
「なら良いけど…若はすぐ無理をするから、あまり信用出来ないな」
そしてクスクス・と静かに笑った。
三年生の授業は実質終了していて、彼等が学校に来る必要性は殆ど無い。跡部・宍戸・芥川の三人は部に遊びに来るけれど、他の三年生は彼等程頻繁には来ない。
だから、日吉は毎日ここに来る。
「先輩、明日も来ますか?」
「ん?だから言っただろ?卒業までは毎日来るって」
「…そうですね」
体はカンバスへ向け、その手は筆を動かしながら返事をした。
と思ったら、グル・と回転して身を乗り出してきたから、思わずびっくりして目を見開いてしまった。
「ねぇ、若。明日から一緒にお昼食べようか」
いかにもワクワク・と言った瞳には、空が。
「…良いんですか?作業の邪魔に」
「ならないよ。若だもの」



ここからの眺めが好きなんだ。
だってほら、中等部全体が見えるだろう?


しかし、そう言って「卒業までは毎日ここに来るつもりなんだ」と教えた彼が見ているのは広い空で。
(…毎日変わる空を、この人はどうやって描いてるんだろう)
ぼんやりと、日吉は滝を見つめながらそう思った。







―あとがき―・―・―・―

日滝はお互いの気持ちに気付き合いつつ、気付かないふりをし続ければ良い。
前サイトから同じネタで書き直しました。

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