寝る
□ただしい生き方
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「いくつ?」
「十五」
「そう。っていう事は…ええっと、何年生になるのだったかしら」
なんとなく入った店では、相席を頼まれた。
特に関心も持たぬままハルノは一人、黙々とサンドウィッチを口に入れて、押されるままにそれを承諾した。
ご一緒していいかしらと頼まれた時すでに、ハルノのテーブルには彼女のトレイが乗せられていた。
ああ座るのか。そう思っただけだった。
彼女のお腹は膨らんでいて、あたらしい命がまだひそかにではあるが主張をはじめていて。
ハルノが無意識に視線を送っていると、彼女は照れたように笑った。
彼女は、よく喋る。
トマトが潰れてレタスが鳴って、ああ、ここのマスタードは少し辛いなと。
ハルノが水っぽいアイスティーに手を伸ばしている間にも、見知らぬ少女は喋り続けていた。
聞いているわけでもなければ聞いていないわけでもなかったし、相槌や、最低限の答えは返していたと思う。
いずれにせよ彼女の話し方には、勢いはあるがどこか臆病さがある。
話の節々にごめんね、と挟まれる謝罪。
それを聞いたハルノは、食事のペースを緩める事にした。
なんとなく、彼女は今誰かと一緒にいたいのだろうと、そう思ったので。
話題はハルノの話から学校の話、ハルノが食べているサンドウィッチについてや、この店の混雑に対する愚痴と、めまぐるしく飛び変わった。そして今は?
ストローに口をつけ、視線をあげて。
ようやくまともにみた彼女の顔。
(泣きそうな目をしている)
今の彼女はつい最近別れた、恋人の話を…その腹の中に宿る子どもの父親の話を、していた。
どうしてか面白おかしく話を飾り付けて、目に張った膜に反してこわばった笑みを張り付けて、それでも聞いてほしいと一生懸命に。
「ばかよね、私ってばあんな男に騙されて。
愛してるなんてさ、もう、とんだ嘘吐き野郎だわ!」
彼女はわらった。
お腹には、その最低なやつの子どもがいるのだと。いとおしそうに悲しそうに、まだ少ししか膨らみのないお腹をさすって。
彼女はどうして、彼といたのだろう。
「産むんですか」
「え?ええ、もちろんよ。…たとえ死んだって元気に産んでやるわ」
「どうして」
「どうしてって……だって、神様が授けてくれた子だもの」
「……」
選ばれた命がどうとかいうのは、ハルノにはよくわからない話だ。
ハルノはその「カミサマ」の存在を、知識でしかしらない。
(でもあの人はしきりに、ぼくの父親を神とたたえていた)
「…神様とかそういうの、よくわからない」
「あははっ!そうね、実は私もよくしらないわ。頭悪いからね」
「…ならどうして」
先程かららしくもなく質問ばかりだなと思ったときに、彼女のひとみの色が変わった。そして学ぶ。
母親はそういう目をするのか。
おさない母は口を開く。だって、
「コノコは、生きたい筈だもの」
あれ。と思った。
突然覚えた既視感。高い女の(あの女の)声。
“馬鹿な女よねあたしも”
きつい煙草のにおい。乱れた髪。涙でぐちゃぐちゃの化粧とぶたれた頬の青さを纏って。
今朝見たあの女がいつかハルノに言った。
“可哀想なもんだわね。こんな馬鹿な女が母親なんて”
“アンタだって嫌でしょうよ。わかるわよね?あたしと違ってアンタは賢いもの”
“でもね、アンタがそうして生きているのは”
…――――。
「大層な言い方だ」
「え?」
小さく呟いた声が聞こえてしまったらしい。即座にいえ、と首をふる。
そういえばあの女は、言っていたな。
思い出す。
(トマトが潰れてレタスが鳴って、ああ、ここのマスタードは…)
―――…ぼくがこうして生きているのは、ぼくが望んだ事なんだって。
喉に流したアイスティーが、冷たかった。
彼女がこちらをみている。
もしかすると彼女も母と同じなのだろうか。お腹のその子が望むから。
「ぼくのお母さんも馬鹿な人で、ただ求められたままにぼくを産んだそうですよ」