寝る

□夏が通り過ぎる
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玉砕覚悟に承太郎に告白しようとする少女は、中々承太郎を解放してくれなかった。



少女は今にも泣きそうな目で付き添いらしい友人の方をちらちらと見ながら、彼女に助け船でも期待しているように、唇を震わせている。
その様子にはオイオイと思わざるをえない。

その臆病な少女の視線を受けている彼女は、それに気付いたように視線を動かすものの、言うのではないのか、とのんびりと返すのみで。
そうだけど、と小さく少女は呟き、承太郎でなく彼女に体を向けながら、言い訳じみた言葉ををつらつらと並べた。



恥ずかしいから、一人じゃ無理だから、ねえおねがい手伝って。



度胸のない女というのはどうも勝手が悪いものである。…そうでもなくとも面倒なものだが、そんな様子でよく告白になど踏み切ったものだと承太郎は内心思っていた。
やれやれと、彼女らに聞こえないように溜め息を吐く。


少々呆れたように首を傾けている彼女に、顔を真っ赤にしながら泣き付きついている少女は、もうかれこれ数分この状態で、
承太郎としては早く済ませてとっとと帰ってしまいたかったのだが、どうもこれは面倒臭そうだった。
付き添いの彼女が、少女の泣き言をさらりと受け流して背中を押しているのが唯一の救いであろうか。


そもそも、泣かれてしまった手前断りきれずに、どこぞの少女漫画のようにのこのこと体育館裏になど来てしまったのが間違いだったのだ。
承太郎も、そしておそらくは彼女らも、この学校の三年生だ。


春にはもう会う事もなくなるし、気持ちの踏ん切りをつけたいらしいから来てやってくれ。と、この少女の友人であるらしい彼女に言われ、まあさっさと断ってさっぱりと卒業して頂こうかくらいの気持ちで此処にやって来た承太郎は、今になってそんならしくもない気遣いなど覚えてしまったことを深く後悔している。

エジプトの旅で大分まるくなったとはいえ、承太郎は未だ、“うっとうしい女”、が好きではなかった。



(やはりどうも面倒臭いぜ、女ってえのは)



煙草をくわえこんだまま細く唇を開き、息を吐いた。
白く細い煙が空へ空へ、上って行く。
ああ、このまま帰ってしまおうか、なんて肩をぐたりと落としながら、手を学ランのポケットにしまいこむ。
空を見上げた視界のすみで、少女が意を決したようにこちらを見ていた。
おや、と思い向き直って、


「あ、あのねJOJO!」



やっとか。と思ったが最後、少女の恋のおわりだった。

この少女が一体どれほど承太郎を好いていてくれたのか、それは定かではない。
しかし承太郎は、見るも鮮やかに、それはもう無意識といっていいほどに、少女からの告白をさっぱりと断っていた。


付き添いの彼女が涙ぐむ少女に無言でハンカチを差し出す。
友人がやっとの思いで告白し、そして玉砕したと言うのに今ここでは慰めもしない彼女は、他の女に比べると実に慎ましいように思えた。
ああ、そうだ。女はこうでなくちゃあならない。

わからなかった数学の問題の回答でも見たような気分で、承太郎は少しだけ感心した。
何より、馴れ馴れしさがないのがいいと、知りもしない女にぺたぺたと触られるのが好きでない承太郎は、なんとなしに思った。


そうこう考えるうちに、たった今失恋したばかりの少女は、涙ぐみながら承太郎に背を向ける。
ごめんね、迷惑だったよねと、こちらも見ずに言う。
特に言うこともなく黙っていたら、静かに少女の背中をさすっていた彼女がこちらを見て口を動かした。


“すみません、大丈夫だから”



だからもう帰って貰っていいよと、そういう事なのだろうか。

はあ。
承太郎は、今度こそ盛大に溜め息を吐いて背を向けた。肩の荷がおりたようだ。
やや早足で帰路についた承太郎は、帰り道でも他の女にまとわりつかれ絡まれた。



ねえJOJO今帰り?私と帰りましょうよ。ああアタシも、わたしも、あたしも、わたしも。




やかましいぞてめーら少しは黙れないのかと、今度こそどんな言葉にも見向きもせずに振り払って、承太郎は歩く。
そして長い石の階段を登りながらふと、あの少女……の、友人らしい彼女の事を考えた。



正直もう、顔すらあまり覚えていない。
ただ、声を発することもなくゆっくりと動いた口許が、妙に印象的だった。
すみません、もう大丈夫だからと。
声は出さず、しかし確かに、透明な声で。
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