寝る

□ただしい生き方
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ハルノはつい先ほど、母と別れたばかりだった。


車のクラクション。あちこちで聞こえる話声、電話のベル。ドアを開閉する音。知らない足音。青色の空。


すべてが太陽の光を浴びてひかっていた。

あの部屋は暗くて空気が淀んでいたから、彼女はきっと外がこんなに明るいだなんてしらない。
夜に起きて朝に眠って。
酒にびしゃびしゃにされたあの毎日は、こんなに正しくなかった。


自分はどうしてあそこにいたのだろうか?

今この時まで。ギャングのおじさんが来る前も後も、目的もなくあの場所で。我ながらひどく不思議に思って目を細めた。
正しい世界はまだ、すこし眩しいのだ。



これから暮らす寮への道は長く、街を歩いているその間、ハルノは先ほど見た母の背中を思い出していた。

少し離れたあの位置からでもわかる、アルコールの、毒のような香り。
飲み散らかしたウイスキー。
あの時さえ、彼女は何も言わずに体を横たえていた。

しかし聞こえる呼吸は起きた人間のもので。
ハルノは最後に、彼女の上にかかったシーツをかけなおして、言った。

さようなら。

もうこの背中を見ることもないのだろうと思った。
そして。静かにそう言ったその時に、母の、ハルノと同じ黒い絵の具をべたべたに塗ったような髪が。
少しだけ、揺れた。



ちらりと見たショーウインドウに映るハルノの髪の色は、思ったとおりのそれ。
いつだったか母の恋人は、彼をドブネズミと形容した。
ふうんと興味もなさげに返したらすかさず殴られて。

ああほんとうだ。べたべたに黒いものな。

その拍子に、なんとなく納得してしまった。
そしてそのネズミは、只今腹が減っているのだ。
そうだ、朝食を、食べていないな、と。


(ぼくの父親の髪の色は、うつくしいブロンドなんだって)



ほんとうに。
自分はどうして、あそこにいたのだろう。
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