火黒

□ようするに、恋心
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見るとはなしに付けていたテレビでは、アナウンサーが台風がそろそろ上陸しそうです、と話していた。窓の外はたしかに、曇り空。雨が降るかもしれない、けむりっぽさで、外を歩く姿もまばらである。

大学に入り、青峰も黒子も一人暮らしを始めていた。
そんな中で、特にこれといって用事のない休日、青峰は黒子の部屋に入り浸っているのである。もちろん、その逆もあるが、黒子の部屋の方が居心地がいい――名誉のために、決して散らかっているから、などという理由ではない――ので気がつけば青峰は黒子の部屋にいる。
もちろん、今日もだ。
変わらない距離。近づいたと思えば、近くなった気などせず。それが、いつもひどくもどかしい。

お互いにソファに隣同士で座りながら、黒子は新刊だという本を、青峰は黄瀬から押し付けられた雑誌(表紙は黄瀬が飾っていた。黒子もああ、という顔をしていたのできっと渡されているのだろう)をぺらぺらと捲っていた。
本の中の黄瀬は、片目をつぶりながら服をはだけさせている。正直、この男の年相応さだったりバスケをする姿だったりを見ているのでどうにも作り物めいた感じがして、青峰は出来る限り読み飛ばしている。――モデルの黄瀬にあまり興味がない、というのが大半であったりするのだが。


「なあ、テツ」


ぱらぱらとめくっていた雑誌に好きなグラビアアイドルの写真が載っていたのでお、と身を乗り出しながら青峰は黒子を呼んだ。
なんです、とこれまた本から目をそむけないまま黒子が返事をする。
さっきからページを捲る手が全く休まらない。そんなに面白いのかと最初一緒に覗き込んではみたが、細かい文字が並べてあることに辟易として青峰はすぐに覗き込むのをやめてしまったのだ。


「Hになると固くなるもの、なん」

「鉛筆」

ばっさり、と。切り捨てるかのような、そして全く感情の浮かんでいない声で即答された青峰は肩を竦めた。
なんだと思う?そこまで聞いてから言えよ、と思いながら知ってんのかコイツと雑誌を閉じる。


「今時の中学生でも言いませんよ、それ」

「ああ?オレらの時代は言ってただろ、それっぽいこと」

「なんでまたそんなくだらないことを」


ぱたん、と本を閉じた黒子は青峰をちらりと見やる。
ようやく本を閉じたなと思いながら足を投げ出して、ソファの背もたれに深く身を沈めた。ふんわりとした背もたれは青峰の体を苦もなく受け止める。


「書いてあったんだよ、コレに」

「へえ、そういうのキミ好きですよね」


名誉のために言わせてもらえば、そういうのを面白がっていた時代もあった。当然だ、だって男の子だ。だが、面白がって騒いだ記憶はあまりないし、黒子の前でそれを言った記憶も、ない。
ちょっとだけ憮然としながらも、青峰は万人受けするような表情で微笑んでいる黄瀬の乗っている雑誌をテーブルに置いた。


「その黄瀬くん、なんとなく、知ってる黄瀬くんじゃないみたいで戸惑いますよね」


さっきの話はもう終わったらしい。
同じようなことを思っている黒子に、ふんと笑いながら近寄った。


「それより、お前、もっと他になんかないの」

「……青峰くん、近いんですけど?」


ぐい、と近づいてみれば、近いと言いながらも離れようとしない。
逃がさないように手を摑まえて、そうして顔を覗き込む。
なあ、囁くように近付いた。
――そろそろ、次に進みたいと思わないか?
ひゅう、と息を飲むような音がやけに大きく響く。近くにいるからか、それとも。
ガラにもなく緊張していた。後には引けないし、引くつもりもないが。知らないだろう、どれだけ先に進みたかったのか。
唯一が欲しかったのだ。絶対的な存在に君臨してしまいたかった。
一度別れた道が、また交わった時、あの時に決めたのだ。

戸惑ったような、黒子の目がそっと伏せられた。
覆いかぶさっている青峰の服をそっとつかむ、その手の力を感じる。
こうして一緒に過ごすようになったのは、何も言わなくてもお互いの部屋を行き来するようになったのは。
ただ仲がいいからという理由だけではないのだろう、と。


「――いい、ですよ」

「…いいのか?」


存外、かすれた声が出た。
先に進むことは簡単だ。すぐにでも、進める。けれどこの背徳感はなんだ?知らなかったときはきっと、容易にできたことが、たくさんのことを知ってしまってから怖気づくようになってしまった。
ああでも、それでも。後ろを、裏切ったものを振り返りながら。決して陽の光にあたることなどないのかも知れなくても、それでも青峰はこの手を離せない。離したくなど、ないのだ。


「それを、言ってくれるのを待っていたのかもしれません。…ボクは、キミが好きです。二人で、幸せになりませんか。
きっと、普通の幸せとは遠いかもしれないけれど、キミがそばにいることが、今みたいな時間を過ごしていくことがボクの幸せです。それが、キミも同じだったらうれしい」


お前は本当に、俺を幸せにするのが上手だな。
言葉が言葉になる前に抱きしめた。掻き抱いた、と言ってもいいかもしれない。
さっき恐る恐る握られていた黒子の手は、今度はしっかりと青峰の背中に回っている。


「なあ、テツ。お前知らないだろ、オレはいつだってこうやってお前の隣にいるだけでも幸せなんだぜ」


ぎゅう、としがみついている黒子の手に力が入る。肩口が湿っているような気がして、笑った。


「鼻水付けんなよ」

「…うるさいですね、ちょっとくらいいいでしょう」

「顔、見せろよ」


――もうちょっと、やです。そう口にされたものの我慢できずに軽く引き離す。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりかけている黒子の顔を笑えば、ぶすっと唇をゆがめた。なだめるように額を合わせて、笑う。
つられたように笑った黒子が子供のようで愛おしかった。


「…ところで青峰くん、」

「なんだよ?」


顔を近づけて、唇を重ねようとする前に。


「お腹すいたんですけど」

「……マジ?」


雰囲気嫁よ、お前、とがっくりしながらも呆れたように見下ろせば、生理現象なので仕方ないでしょうとしれっと言い返された。
あのときのムードを返せ。もうちょっとだったんだぞ、と言いたい気持ちを抑え、けれどなんだからしいと、笑う。


「しゃーねえ。メシにするか、テツ」

「何しようとしてたんですかね」

「お預けされた分は夜もらうからな」


ばか、とつぶやくそれを耳に入れながら、青峰は立ち上がる。
どうせならどこかへ食べに行けばいい。
いつの間にか振動を続けていたスマフォをみれば、先ほどから何かと話題に上がっている黄瀬本人からの着信だった。
黒子のところにも来ていたらしく、かけなおそうとするのを手で制し、通話ボタンを押す。


「今度テツと構ってやるから邪魔すんじゃねえよ」


それだけ言って容赦なくきれば、あっけにとられたような、黒子。
にんまり笑って、横目で見やる。


「今日くらい二人っきりでいいだろ」

「……まあ、それも、そうですね」


照れているらしい黒子を引き寄せて唇を奪う。
それくらいの、ご褒美は頂かないと、やっていられない。
時間は正午。これから夜まで、時間は長いのだ。







***


青黒黄がすきだからといって、黄瀬くんがでばったわけでは…







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