Novel.2

□嵐の夜にホットミルク
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「ちびうさっ!」

 パンッ!

 無意識に伸びたうさぎの平手が、ちびうさの頬を激しく叩いた。
 本当に無意識だった。叩こうなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。それなのに、思わず叩いてしまった。
 その瞬間、うさぎの心を支配していた短絡的な怒りは消え失せ、そのかわりに何とも言えない罪悪感が重くのしかかってきた。
 一方、叩かれた側のちびうさの心には、なぜ叩かれなければいけないのか、と言う疑念と、深い悲しみと怒りとが交錯しあい、絡み合って、ぐちゃぐちゃになっていた。
「ちびうさ‥‥ご、ごめ‥‥」

「うさぎのバカっっ☆!!」

 その瞬間、ちびうさは部屋を飛び出し、そのまま、雨がそぼ降る暗い夜の闇の中へと駆け出して行った。
「ちびうさぁ!」
 ちびうさの後を追い、うさぎは玄関まで来たが、もうちびうさの姿は、夜の闇と雨のベールとで見えなくなってしまっていた。
「ちびうさ‥‥」
 うさぎは思った。
 どうして、あんな些細なことで、ちびうさとケンカしてしまったんだろう。
 あんな些細なことなのに‥‥。


「ルナP‥‥置いてきちゃった」
 雨の中、ちびうさは途方に暮れていた。心のまま、感情の赴くままに家を飛び出し、人影もない夜の、雨の麻布十番小学校の校門前まで来てしまったちびうさ。
 靴すら履かずに飛び出してきたために、フリルの靴下はもう水浸しの泥だらけ。絵柄もわからないくらいに真っ黒けだ。さらに、しとしとと降る雨がちびうさの髪を、頬を、服を濡らす。
 ケンカをしたあとだから、おいそれと家には戻れない。だからといって当てがある訳でもない。今いる学校だって、夜は校門を閉めてしまっているから、中には入れない。
「あたし‥‥なんでケンカしちゃったのかなぁ」
 雨の中、真っ暗な夜空を一人寂しく見上げるちびうさも、心の中で考えていた。
 どうして、あんな些細なことで、うさぎとケンカしてしまったんだろう。
 あんな些細なことなのに‥‥。

 ゴロゴロゴロ‥‥

「あ‥‥」
 遠くで雷が鳴っている。その雷鳴がちびうさの小さな心の奥をかき乱す。目の前を走る空中放電の青い光が、ぬぐい去れない恐怖感を呼び覚まさせる。
 もうブラックムーンの驚異はなくなったのに、雷鳴と稲光があの時の恐怖を再び呼び起こさせる。
「い‥‥いや‥‥」
 心のまま、ちびうさは逃げるように駆け出した。雷は次第に近付いて来る。どんどんちびうさのいる場所へと近付きながら鳴り響く雷から逃げるように、ちびうさは駆けた。
 駆けた。しゃにむに駆けた。激しくなった雨に、その小さな身体を打たれながらも、すれ違う乗用車が弾き飛ばす雨水を何度も頭から被っても、ちびうさは足を止めようとせず、雨の中を駆け続けた。
 遠くに高層マンションの灯かりが見えてきた。衛の住むマンションだ。
 無意識のうちに、ちびうさは衛のマンションに向かっていたのだった。

 たすけて‥‥まもちゃん。

 そう、ちびうさが心でつぶやいた、その時だった。

 ガラガラガラッ!!!! ガシャアァァァァァッッ!!!!

「きゃあっ!!」
 激しい雷鳴と共に、ちびうさの目の前が真っ白になった。
 雷が、ちびうさのすぐそばの街路灯に落ちたのだ‥‥。
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