〜if〜
□提案
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バー『聖獣』のカウンターでは天界商事の社長と流星商事の社長がグラスを傾けていた。
「すっかり夏ですね。今はいいとして、日中は本当に暑い」
「…なら、その長ったらしい髪を結ぶか、季節問わずの全身黒ずくめの格好をどうにかしたらどうだ」
「スーツの色を変えろ、と?」
「そうだ。例えば白とか…」
「わたしに白?ハッ、何を言っているのやら」
自分にはありえない色を提案され、思わず鼻で笑ってしまうルシファー。
だが少し考え、真顔でゼウスの横顔を見つめた。
「まさか、わたしに自分とお揃いを着て欲しいな、かっこ音符マーク、ってことですか?」
その台詞に頬が痙攣すると同時にゼウスはグラスの中味をルシファーにぶちまけようとした、が。
「こらこら、マスターが出してくれたものを粗末にしない」
間髪入れずに、ルシファーはゼウスの腕を掴んでそれを阻止したのだった。
実は以前、似たようなことがあり、カクテルをぶちまけられたことがある経験を持つ。
チッ、と舌打ちをし大人しくなったゼウスにマスターは安堵する。
そう度々カクテルを無駄にしてもらいたくはないからだ。
「社長さんたちの会社は納涼祭はなさったんですか?」
新しいカクテルをルシファーに差し出しながら、マスターは話題をふった。
「納涼祭?」
「会社の行事とかであるでしょ?」
牛乳瓶の底のみたいな丸い眼鏡の奥から冬の湖を思わせるような青い瞳が柔和に微笑む。
そういえば、我が社の受付嬢(?)が、取引先の何件かの会社で夕涼み大会だとか、ビール大会があったみたいだよと業務連絡ついでに伝えてきたことがあったような気がする、マスターの言葉にあの無邪気な顔がルシファーの頭をよぎった。
「ゼウス…」
「いやだ」
名前を呼んだだけで、まだ何も言っていないのにも関わらずゼウスのこの反応。
いつものことだ。
「まだ何も言ってないのに」
わざとらしく肩に手を回すルシファー。
それをすかさずに払い除けるゼウス。
これもいつものこと。
「平和っていいですねぇ…」
グラスを磨きながら、マスターはいつも繰り返される光景を温かな眼差しで見守っていた。