想いは勿忘草と共に
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「そうか・・・そんなことが・・・」
「あァ。とりあえず、今は敵じゃねェってよ」
局長、近藤の部屋で、煙草を吸いながら土方は語った。
自分が聞いた、千歳の過去、今を。
「しかし・・・彼女は一体何者なのだろうな」
2人は無言になる。
御上に拘束されていた、と、千歳は言ったのだ。
ただの一般人とは到底思いがたい。
『局長、入っても宜しいでしょうか?』
不意に聞こえた千歳の声に、2人は少し身構えたが、近藤は急いで笑みを作る。
「あ、ああ!」
『失礼します・・・局長、今回の任、松平様にもお話して参りました』
「そうか、ご苦労だったな!しかし・・・千歳さん、随分綺麗じゃないか。そうやっていると普通の町娘だというのに・・・」
近藤は、どこか悲しげに微笑んだ。
きっとそれは、千歳に対して申し訳無いという気持ちと、偽善の気持ち・・・。
『近藤局長、私は貴方にそうやって心配される謂われは有りません。土方さんに何を言われたかは知りませんが、私は私です』
きっぱりとそう告げる千歳の目には何の迷いも無かった。
「すまなかった・・・しかし、千歳さん、ここを・・・真選組の人間を家族だと、仲間だと思ってくれないか?」
近藤は微笑みながら千歳に言う。
土方は黙ってそれを見守っていた。
『・・・考えておきます』
困ったような、千歳の声。
それを聞いて、近藤は一層声を上げ喜びに満ちているかのような笑みを浮かべた。
「ああ!良い返事を待ってるからな!」
『・・・はい、では局長、私は先に任務につきます』
「くれぐれも気を付けろよ」
『土方さんも、お気をつけて』
静かに千歳は部屋を出て行った。
近藤は目を細めて、千歳の残像を見る。
「やはり千歳さんも普通のおなごなんだな。俺にはあんな顔が出来る子を疑う事など出来んよ」
「ああ・・・あいつは、忘れちまってるだけなんだよ。だから・・・」
手助けをしたい。
千歳が笑えるようになるように・・・。
そんな土方の淡い思いは、確実に、肥大していった。
『家族・・・』
移動の車の中で、先程までのやり取りを、千歳はぼうっと思い返していた。
「千歳、俺は千歳が真選組に行けて良かったとも思ってんだ」
『・・・どうしてでしょう?』
先程は真選組なんかに、なんて言っていた松平に千歳は問い返す。
松平はゆっくりと笑みを浮かべた。
「あの連中ならよォ、千歳を受け入れて、お前も笑ってくれる気がすんだよ。過去とか、何もかもを無視して」
そう言ってガシガシと、頭を撫でてくる松平様に、私は、不思議にしか思わなくて。
『松平様・・・貴方は、私の過去を御存知なんですか?』
「悪いな千歳・・・俺の口からは、言えねーんだ」
寂しげに、辛そうに笑う彼に、私は何も言えやしなかった。
千歳は静かに、物思いにふける。
きっと、自分の本当の家族はもう存在しない。
何となく、それだけは分かっていた。
『過去・・・私は、何を思ってたのかしら』
大切な何かが有ったのか?
何か生き甲斐が有ったのか?
私を必要としてくれる誰かが・・・居たのか?
質問をしても、答えは何も帰っては来ない。
過去にこだわらなくても良いのでは無いだろうか・・・。
少しだけ、千歳は今を優先する気持ちを抱いていた。
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