激的糜芳あふたぁ
□友情の裏返し
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「……ったく、関羽の奴、調子に乗りやがって」
「糜芳様、そろそろお控えになられては……」
「うるさい! 今日の俺は、いつもの俺じゃあないぞ!」
酒杯に自ら酒を並々と注ごうとする糜芳を、隣に侍る妓女が止めようとしている。だが、糜芳は聞く耳持たずに妓女の手を振り払い、酒を一気に煽る。
「糜芳様! 今宵はたっぷりと可愛がってやるとお約束下さいましたのに……。もうお忘れになられたのですか?」
「ふんっ、お前はここで酌をしておればいい」
「糜芳様……」
すっかりやけ酒に付き合わされる形になった妓女は、大きなため息をつく。
「なんだ。お前まで俺を馬鹿にしてるのか?」
「そんなことはございませんわ」
糜芳の目は澱んで完全に据わっているのだが、妓女は慣れたもので、はいはい、と聞き流して皿に盛られた包子を一つ差し出した。
「糜芳様の為に妾がこしらえましたのよ。これをお召し上がりになって、ご機嫌を直してくださいな」
見れば旨そうな香りを含んだ、湯気が立ち上っていた。
「ふんっ……」
差し出された包子を鷲掴みにして口に頬張ると、糜芳はすっくと立ち上がる。
「糜芳様?」
そのまま部屋を出ていく糜芳だが、酔っているため足元が覚束ない。
「もうお帰りですか?」
「厠だ」
ふらふらと狭い回廊を歩く糜芳だったが、反対側から来た客の男にぶつかった。
「俺の前を塞ぐとはいい度胸してるじゃねえか」
酒の勢いもあって、糜芳は男の胸ぐらを掴んで睨み付ける。
「糜芳殿!?」
相手が驚いた様子を見せるので、目を擦る。それは見間違う筈もない、劉備軍随一の美丈夫、趙雲、その人だった。
「なんだ、子龍か」
見知った顔だと分かると、糜芳は掴んだ手を放して、趙雲の肩に腕を回す。ふらつく糜芳を趙雲はしっかりと支えてやる。
「だいぶ飲まれているようですが、大丈夫ですか?」
「あん? 俺はまだ酔ってなんかおらんぞ。それよりも子龍、俺に付き合え」
「もうお控えになった方が良いと思いますが」
「俺は酔っておらんと言っただろうが!」
「……はいはい」
酔っぱらいの堂々巡りに付き合っていては疲れるだけだ。歩調を合わせるふりをして家へ送り届けることにした。
「すまない。今宵はもう帰ることにした。糜芳殿の分もこれで足りるだろうか?」
趙雲は勘定を済ませ、糜芳に肩を貸してやりながら店を出た。
「歩けますか、糜芳殿?」
「大丈夫だ! だから、は、な、せ!」
「おおっと危ない! これのどこが大丈夫なんですか……」
手を放せば直ぐに千鳥足で尻餅をつく糜芳を、何度も助け起こしながら歩く趙雲。
「おい、子龍。どこへ行くんだ?」
「糜芳殿の屋敷です。今宵はもう帰ってお休みください」
「俺は帰らんぞ! そうだ。子龍、お前の部屋で飲み直す!」
こういう所は意外としっかりしている。案外、身体ほど頭は酔っていないのかもしれない。
「それがしの部屋ですか……?」
「なんだその顔は。決まってるだろう。俺の所じゃ兄者に叱られるからな」
「そんな、糜竺殿はそのくらいで怒るようなお方ではないでしょうに……」
「お前は本当の兄者を知らぬから、そんな事が言えるのだ」
「本当のって……。ですが、糜竺殿がお怒りになるのは、よほど糜芳殿が……」
「あぁん?!」
やはり酔っていないかもしれない。眼光鋭く糜芳に睨まれた趙雲はそう思うのだった。
「着きましたよ……って、糜芳殿、起きてください!」
糜芳はちゃっかり眠ったまま、趙雲に引きずられて来たようだ。道理で重いわけだ。
「糜芳殿!」
「ん? んあぁぁ〜」
妻帯していない趙雲は、政庁の一室に居住していて、夜間、この建物に居るのは基本的に彼一人である。
身体を休める為の牀台と、衣類を収納した行李、武具や防具の棚、小さな文机に少々の書物といった、必要最低限の物だけが置かれた、女っ気はこれっぽっちも感じられない殺風景な部屋だ。
その殺風景な部屋の牀台に転がされた糜芳は、ようやく目が覚めたのか、大あくびをしながら伸びをした。
「どこだ? ここは」
自分で行けと言っておきながら、この反応である。趙雲でなくてもため息は出ただろう。
「糜芳殿がそれがしの部屋で飲み直すと仰ったからでしょう」
「そんなこと言ったか?」
「言いました。ちょっと待っていて下さい。酒を用意してきますから」
糜芳を残して趙雲は厨へ向かった。
すぐに趙雲は戻ってきたのだが、案の定、糜芳は牀台で大の字になり、いびきをかいて眠っていた。
「やっぱり……」
想定していたことなので、慌てるでもなく、趙雲は手にしていた酒器の乗った盆を文机に置くと、再び糜芳の側へ歩み寄った。
「糜芳殿、び、ほ、う、ど、の!」
揺すってみたが、起きる気配はない。