激的糜芳あふたぁ

□勝ったつもり
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「俺は殴る方に賭ける。糜芳、お前は?」
「俺は……」
 新野の練兵場。今日は張飛の担当で矛兵の基本鍛練だ。が、新兵が多いためか、基本的な動作もままならない様子である。
 その光景を眺めていた二人の将、士仁と糜芳は、張飛の怒りが爆発した時、彼はどういう行動に出るのか、というあまりにも下らない賭けをしていた。
「そうだな、俺は目の前にいる奴の矛をへし折る、あたりにしておこうか」
 糜芳が頬杖をつきながら呟くと同時に、練兵場の中央で大声でわめき散らしていた張飛の怒りが頂点に達したらしい。
 自分の得物である蛇矛を放り投げるや、目前にいた兵の矛を奪い、突きや払いの基本動作を一通りやると、ベキッとその矛を真っ二つに折ってしまった。
「チッ、またお前の勝ちか」
 士仁が舌打ちする。
「今日こそは殴ると思ったんだがなぁ」
「甘いな。あの大将は俺達が考えもつかない事を平気でやるからな」
 賭けに勝利した糜芳は上機嫌である。
「で、今日は何処の酒家だ?」
 賭けていたのは、毎度ながら今宵の酒代である。
「あの酒家も飽きたな。仕方ない、俺のとっておきの馴染みの店でも紹介してやるか」
 不貞腐れ気味に士仁は答える。
「士仁の馴染み? ほう、そんな物好きな店が有るのか」
「おい、糜芳。お前、言っていい事と悪い事あるの知ってるか?」
 ムッとした顔で、士仁が詰め寄れば、悪い悪い、と糜芳は笑って誤魔化す。
「ともかく、今夜はその馴染みの店とやらに決まりだな。夕方ここに集合でいいか?」
「ああ。ただ、ここからだと少し歩くぞ」
「構わん。じゃ、またな」
 糜芳はさっさと踵を返して帰路についた。残された士仁がにやりとほくそ笑んだことも知らずに……。

「……で、今日もお前が勝ったのか?」
「まあな」
「しかし、それは些か姑息過ぎではないか?」
「簡雍が勝手に教えてくれた大将の癖だ。俺だけが知ってる訳でもない」
 湯浴みをして着替えた糜芳に、共に入浴した兄の糜竺は呆れた様子で、帯を締めている。
 士仁に賭けを持ち掛けたのは糜芳である。その少し前に、簡雍から張飛の怒る時の癖を聞き出していたからで、要するにイカサマだ。
 賭けの対象が宵の酒代という、他愛のないものだったため、糜竺も本気で怒るわけでもなかったが、性格上、どうにも気が引けるようで。
「今夜は何処へ行くのだ?」
「ん〜。俺は知らんが、士仁の馴染みの店とやらにだな……」
「程々にして帰ってくるのだぞ」
「分かった分かった」
 一足先に身支度を終えると、糜芳はふらりと屋敷を出ていった。

 糜芳が集合場所に戻ってくると、既に士仁は来ていた。
「相変わらず遅いな、お前は。なんてったってあの徐州の大富豪、糜家の御曹司だからなぁ、そりゃあ……」
「嫌味はいい。士仁、さっさと案内しろ」
「たかだか賭けに勝ったぐらいで、態度がでかいんだよ、お前は」
 士仁はむくれて前を歩く、それに糜芳が続いた。
 二人の将としての立場は大して変わらない。劉備軍に加わった時期も大差ないためか、よく一緒に行動している。
 士仁馴染みの店は、新野の繁華街からはだいぶ外れた路地裏にあった。こんな所で商売が通用するのかと、疑いたくなるくらい奥まった所で、他に知っているのは簡雍くらいではないか。
「大丈夫なのか? この店」
 そのあまりにも悪い立地に、糜芳は疑いの目を向けている。
「だいたい何の店なんだよ……。まぁ、士仁の馴染みなんてこんなもんだろうが」
「やかましい。妓楼だ。さっさと入れ」
「妓楼?! これが?」
 糜芳は更に目を丸くしたが、士仁は構わず糜芳の背を店内へ向けて思い切り押した。
「おや、これは士仁様。いらっしゃいませ」
 店主とおぼしき男が出てきた。その応対から士仁の馴染みというのは本当らしい。
「奥の部屋、空いてるか?」
「はい。さ、どうぞ」
 店主自ら案内に立つ。
「今宵はお連れ様もおありで……。いかがなさいますか?」
「そうだな、適当に酒と料理、それから女を頼む」
「畏まりました」
 店主は奥の個室まで二人を通すと、いそいそと下がっていった。
 直ぐに妓女数人が、酒器を携えてやって来た。
「まぁ、将軍。今日はお連れ様とお越しですの?」
「あぁ」
 士仁のお気に入りだろうか、ややふくよかな妓女が彼に酌をしに進み出る。それに倣うように、糜芳にも妓女が付いて酌を始める。
「こいつは知ってるだろう。徐州じゃあ名だたる家の坊っちゃんだからな」
 皮肉たっぷりに士仁に紹介されると、目の色を変えた妓女達が群がってきて酌責めにされた。
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