そらをみあげて

□友
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「ペース……メーカー?」
「そう、ペースメーカー」
「なんだそれ」
 兄貴が入院して数日後、見舞いの帰り際の俺に劉先生が声を掛けてきた。
「心臓の鼓動を一定に保つ手助けをする電子機器だ。不整脈はこれで飛躍的に改善する」
「で、それをどうすんだ?」
「胸の、心臓の近くに埋め込む」
「埋め込むって、機械を兄貴の身体の中に入れるのか?」
「そんなに大袈裟に大きなものではない。このくらいの……そうだな、消しゴム程の小さいものだ。ご両親からの同意を得て、早いうちに手術を……」
「その話、兄貴は知ってるのか?」
「もちろん。彼は納得してくれた」
「薬とかで良くはならないのか?」
 兄貴の身体に、いくら小さいとはいえ機械を埋め込むなんて、俺には受け入れがたい現実だった。
「投薬治療でもある程度は改善できるのだが、彼の場合は肺機能の低下もあって、ペースメーカーで少しでも心臓の負担を減らしてやるのが最善の方法ということになったのだ」
 最善の方法、と言われてしまえば、反対することもできない。本当にそれで兄貴が元気になるなら、仕方のないことだ。
 でも……。
「劉先生!」
 看護師が俺たちの間に割って入ってきた。
「特別室の糜さんが……」
「分かった、すぐ行く」
 劉先生が駆け出す。俺も後に続いた。
 病室に駆け込むと、さっきまで元気にしていたはずの兄貴が、胸を押さえて苦しんでいた。
「酸素マスクと点滴、それからあれを!」
「はい」
 その状況を見るや素早い指示が出る。
「どれ、大丈夫だ、落ち着いて息をして。……うん、今日のはちょっとキツいな」
 兄貴に声を掛けながら、状態を確認した劉先生は、看護師が差し出した注射器を受け取る。
「ちょっと痛いぞ……」
と言うと、兄貴の胸にアルコールを塗り、その針の長い注射器を刺した。
 見ているだけで痛い。痛みと苦しみに悶える兄貴から思わず目を逸らす。
「……よし。よく頑張ったな。もう大丈夫だ」
 注射器を抜くと、それまで苦しんでいたのが嘘のように収まった。
「だ、大丈夫なのか?」
 急に静かになった兄貴の様子に、不安になった俺は恐る恐る尋ねた。
「ん? ああ、こいつが効いたのもあるが、痛すぎたというのもあるかな」
 どうやら兄貴の発作は、その注射で収まったようだが、そのあまりの痛みに気を喪ったらしい。
「こういう発作が、ペースメーカーで少しでも減れば、楽だろう?」
 兄貴の不整脈は、一歩間違えば心不全を起こすという、たちの悪いもので、処置が遅れれば命に関わる。
「私も、この綺麗な身体にメスを入れるのは、気が引けるのだ」
「?」
「いや、馬岱先生が言っていたのもあるのだが……」
 ペースメーカーの件を、例の変な話し方をする馬岱先生とやらに話すと、「あんなに綺麗な身体なのに」と言われたそうだ。
 色白の兄貴の身体は、ある意味、女より綺麗なのは誰が見ても同じらしい。
 しかし、その後に「でも、仕方ないですよね。あの笑顔が見れないのは、もっと辛いですもんねぇ」と続いたとか。
 なんだか、知らないうちに兄貴の魅力に取り付かれたヤツが増えたような気がした。
 明日にでも両親にペースメーカーの相談をするという話を聞いて、夕刻、俺は病院を後にした。
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