□鬼ごっこ
1ページ/1ページ




「鬼さんこちら、手のなる方へー」
小さな少女が走り回る。
笑い声を上げ、身軽に駆け巡る。その姿を形容するなら―――自由や、無邪気、などと言った感じかもしれない。

何処まで続くのか解らない一面白い世界。その空間には少女と自分しかいない。此処がどこなのか、という不安は全く無い。
少女を追いかけようとして足を動かそうとした。だが、足は動くばかりか重くなっていく。まるで見えない鎖でがんじがらめにされたようだ。

「鬼さん、追いかけて来ないの?」

追いかけて来ない鬼に痺れを切らした少女は、拗ねたように口を尖らせた。

「追いかけたいけど、足が動かないんだ」

段々、少女の方が大きくなっていく。俺の目線が見上げるようになった時、自分が地面に埋もれていくのが解った。このまま沈んでいくのかな、と冷静に考えている自分に、少し驚きながらも、俺はもがきもせず、なされるがままにしていた。ちょうど胸辺りまで埋もれた時、沈むのが止まった。その様子をじっと見ていた少女が口を開いた。

「どうして、もがいたり、逃げようとしないの?」
声は疑問を口にした。
何故、何もしないの?と。
「多分、何をしたって此所から出る事は出来ないって解っているからかな」

妙に冴えた頭の中で、自分でも疑問に思った事の答えが出て来た。
「でも、沈んだら私を追いかける事は出来なくなるんだよ?」
確かにそうだ。動く事が出来なければ、捕まえる事など到底無理だ。

「ああ、そうだね」

何故か少女を捕まえられない事が悲しくなった。

「じゃあ私が助けてあげようか?」
「いや、君にはどうする事も出来ないよ」

俺がそう口にすると、身体はまた沈み出した。
最後に少女を見た。凄く悲しそうな顔をして見つめ返してくる。その時、頭にある疑問が飛び出した。今思えば馬鹿な質問だった。
「君の名前は?」

少女は微笑んで、涙を流した。

「貴方の“夢”だよ」

やがて男の姿は完全に沈んで消えた。
少女は男が消えた所を見て男の最後の顔を思い出した。全てを諦めて悟ったような顔。澄んでいた瞳は生気を失い白くかすんでいる。
こうして今日もまた一人、夢を追いかける事なく現実という残酷な世界へと沈んで行く。

早く私を捕まえて

鬼さんこちら、手の鳴る方へー

少女はまた手を叩いてはしゃぎ回る。

*そこは大人と子供の狭間に在る世界。

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ