20万Hit企画

□能天気ガールは、明日頑張ります
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side相澤








PM:11:57





教員寮の一室で今日の仕事をまとめる。
それぞれ生徒のデータを分析し、誰がどういった分野に長け、どこが苦手なのか。
グラフを使用し、資料を作成する。
もう少し時間がかかると思っていたが、思った以上に早く仕上がりそうだった。
最後の生徒のデータを作って終わりだ。
エンターキーを押して、次の資料を出す。




「…」





柳崎由紀。




名前を見ただけで深いため息が出る。
今日の実践でもそうだったが、入学当初からああいうやつだった。
他の生徒は真摯に取り組むのに、柳崎だけは違った。
ある意味ではクセの強い人間。だが、まるでヒーローに向いていない。
今日も聞いたがあれはヒーローになりたいという意思が全く見えない。

俺としてもなんでここまであいつを除籍処分にしなかったのか不思議なくらいだ。


キーボードを使う指が少し重く感じた。
それはともかく、早く作り上げなきゃ貴重な睡眠時間が削れる。
合理的に作業を進めよう。



柳崎の個性は"スキルアップ"
手で触れた者の能力を倍にすることが出来る。
一戦で戦わずとも十分なサポート要員だ。
誰かがいてこそあいつの個性は光るというのに、チーム戦でさえもその力を上手く発揮できていない。

…不器用なのか?

現に今日の授業でも峰田の個性を倍にしすぎて、大量にあのくっつくボールが量産された。
それに上鳴の時は一時的に強力な雷を放ち、ヴィラン役を怯ませていたが、柳崎自身がかなり体力を消耗させている。

柳崎自身の個性は便利だが、使用しすぎると弱体してしまうデメリットも併せ持っているが…上手く調節して運用さえすれば、味方にとってかなり強い存在となる。


にも拘わらず、当人は滅多な事が無い限り授業中の昼寝ややる気の見えない態度。
あまりにも合理的とは言えない柳崎の態度に俺は今までよく我慢できたな。





「…いや」




多分、だが。




入学当初の頃、実戦で個性を使用し弱体化した時があったが。
あの時、つい気を抜いてしまい、柳崎を捕縛しようとしたのだが―――




『―――』




小さく柳崎が口を動かしたのは見えた。
だが何を言っているのか全く分からない。
しかし、俺が注目したのはそこじゃなかった。


初めて見た柳崎の表情。
目を見開き、口を結んで、俺から逃れようとする柳崎を今でも忘れない。



それが初めて見た柳崎の本気。




焦るわけでもなく、冷静に。物事をあいつは対処していた。
油断した俺の隙をついて、必死に捕まるまいとあがく。
懐近くまで急激に接近し、俺を背負い投げした出来事があった。


遠くに逃げるんじゃなくて、戦闘に持ち込む。
教師でありヒーローであるのだから、力の格差は目に見えているのに。
雄英の生徒、ましてやヒーロー科なら戦うというのは当然かもしれないが…。
柳崎には明確に「俺を"必ず"倒す」という意思があった。


違うな。



"倒せる"という自信があった。





その一件があって俺はまだ柳崎を除籍させていないのかもしれない。
あいつの"本気"は轟以上に匹敵する。




「なのに本人のやる気ゼロ…」




合理的じゃねぇ、と呟いてから最後にエンターキーを押して完了。
本日何度目になるか分からない溜息をついて椅子の背もたれに寄り掛かった。



時計を見れば時刻はAM 1:34
少し外に出て夜風に当たってから寝よう。




椅子から立ち上がって、寮の外へ出る。




「…」




当然深夜なのだから、誰もが寝静まって物静かな―――




「…?」




グラウンドの方から人の気配がする。
そのままグラウンドの方へ向かい、目を凝らそうとしたが。



「オールマイトさん?こんな時間になにしてるんですか…」



生徒寮付近でオールマイトさんの姿を見かけた。
しかも、珍しくマッスルフォームの方で。
ただでさえ力が弱っているんだからこんな夜中に無理をしないでもらいたい。




「ギクッ!!あ、相澤君か!び、びっくりさせないでくれよ〜
あ、相澤君こそなにしてるの?」

「俺は今書類仕事終わったんで、夜風に当たろうと思っただけですよ」

「そ、そうなんだ〜」

「…」

「…」

「オールマイトさん、両手に何隠してるんですか」

「ギクッ!!」




この人に隠し事は無理そうだな…。
その割には今までよく力が弱まっているってこと隠し通せたな…。
オールマイトさんは俺に見抜かれて、明らかな動揺を示していたが、必死に取り繕う。




「な、なんでもない!私もちょっと夜風に当たりたくてね…!」

「スポーツドリンク?」

「ちょっと相澤君!!」




勝手に背後へ回って両手に持っているものを確認した。
こんな時間にスポーツドリンク?
よくよくオールマイトさんを見ればどこか汗をかいて…。




「深夜に自主練ですか?」

「ま、まぁそんな感じ!」

「…ふーん」



オールマイトさん絶対何か隠してる。




「…!」





グラウンドの方から、今、確かに声が聞こえた。
それほど大きいものではないが誰かがいるという証拠。





「オールマイトさん」

「〜〜〜ッ!分かった!!白状するよ!」

「一体何してるんですか?」

「…近くまでならいいかな?」




オールマイトさんは静かにね、と言いながらグラウンドの方に近づいていった。
建物の影を利用してグラウンドの方を覗いてみれば。




「っ、柳崎…!?」




グラウンドで自主練をしている柳崎の姿があった。
大量に汗をかき、体力づくりをこんな深夜に行っている。
普段こんな姿を見たことないというのに。
柳崎は"本気"で取り組んでいる。




「…俺が、連帯責任でって言ったからですかね」

「…?」

「あいつなりに責任は感じてるんだろうけど…一夜漬けでどうにかなる問題じゃねえ」




普段の授業からだらけてる奴が悪い。
それなりに今日の事は責任を感じているみたいだが、一晩練習したからといって強くなるわけがない。
しかも一人で。
一夜漬けで強くなるならヒーロー育成教育機関なんて必要ねぇしな。




「あ、相澤君!怒るのももっともだけど、ここは見逃してくれないかな…?」

「…」

「オールマイトさんは気づいて、それを差し入れですか?」

「まぁね。彼女、結構頑張ってるから」

「…?」

「あと十分したら切り上げるように言っておくよ」

「分かりました」





除籍処分、確定だな。



夜中に一日苦労したって次の日バテるだけだ。
今日の授業でそれが目に見えるだろう。




俺はどこか落胆しつつ、教員寮に戻って行った。







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