20万Hit企画
□悪魔の3日間
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私はフェンリルに姿を変えて、イレイザー達と共に宝石店の中に入った。
既に店長とは話を通してあるが、一般人がこの場にいると巻き込まれかねないために警察官と共に別場所で待機している。
店長らは店内に設置された暗視カメラを通して中の様子を伺っていた。
店内は真っ暗で、僅かな非常口灯の灯りだけが頼りだ。
逆に店内を明るくしてしまえば
、ヴィランは侵入してこない。
勿論貴重な宝石を展示している以上、ヴィランもヒーローが駆け付けているのは知っているだろう。
しかしあまりにも露骨すぎる警備や店内を朝まで明るくするといった工作は警戒対象を強めるだけ。
だったら効率よく警備が手薄になっている他の宝石店を荒らした方が早い。
「暗ェな…」
「まーまー、こっちにはフェンリルがついているんだしよォ。
俺達はフェンリルが嗅ぎ取った匂いと場所の指示を聞いてさっさとヴィラン捕まえようぜ」
店内が見えにくいのはイレイザーとマイクのみの話で、私には関係ない。
寧ろ夜こそが、この個性の本領発揮と言ったところだろうか。
それに今日は満月―――私にとって非常に都合がいい。
「どこから侵入してくるかわからねぇが、個性を使っている時点で扉やガラスケースのすり抜けが可能なやっかいなヴィランだ。
微細な変化にも目を配れ。宝石が消えた時点で警戒度を高めろ。いいな?」
「了解です。イレイザー、あなたは敵の個性を消す個性でしたよね。
それは相手が見えていないと使えないということでよろしかったですか?」
「そうだ。相手が見えねぇ以上どこに的を絞ればいいのか分からねぇからな」
「分かりました」
私はネックレスが置かれているガラスケースの後ろに座る。
暗闇の中でも一等眩い美しさを放つそれは、私でさえも欲しいと思ってしまうような代物。
けれどたかがチンケな中学生にこんなものは似合わない。
街の古びた喫茶店でショートケーキとメロンソーダーを飲んでいるだけでも、至高の報酬だよ。
「…」
誰もが口を紡ぎ、しんっと静まり返る店内。
どこから侵入してくるか分からない以上、緊張を緩むことは出来ない。
もしかしたら朝方までずっとこのままかもしれない。
けれど一瞬の気を抜いたときこそが命取りだ。
「―――!」
けれど、思いのほか、早急に事態は動き出す。
僅かだが職員用の裏口の扉から、何かが香る。
イレイザーやマイクや私の匂いではない。
別の誰かがこの店内に侵入してきたということ。
私は尻尾を3回、振る。
それが侵入者のご来店の合図だった。
二人は各自戦闘態勢に入り、いつでもは捕縛できるよう、構えた。
足音もしない―――
人の気配もしない―――
本当にヴィランが侵入してきた?
そう思ってしまうほど、物静かだった。
私の鼻だけが頼り。
徐々に匂いはこちらに向かって強くなる。
けれどどこにいるかなんて全く見当がつかなかった。
だから―――
だから。
私は一瞬見逃してしまった。
周囲を気にするあまり、宝石が無くなってしまった事に!
「っ、フェンリル!!」
「嘘っ…!!!」
イレイザーの怒号で、私は立ち上がって辺りを見渡す。
私の失態だ…!
「っ―――!」
ヴィランは逃げていると思いきや、実際はそんなことなかったようだ。
腹部をまるで誰かに蹴られたかのように、強い衝撃が走った。
いや、実際に見えないヴィランによって蹴り飛ばされたのだろう。
けれど私はここまでされてタダで逃がすわけにはいかなかった。
一か八かの賭けで、爪をむき出しにして空を引き裂いた。
するとどうやらビンゴだったようで、うめき声と共に空中から突如血が滴りだした。
そして、その一瞬。
「見えた!!」
ぐらりと空中が揺れて、ヴィランは姿を現す。
「イレイザー!!」
ヴィランは苦悶の表情を浮かべていたが、すぐに再び姿を消した。
まだ店内のどこかにいるはず。
イレイザーは捕縛武器を飛ばしてみるも、既に私の傍には誰もいなかったようだ。
「チッ!!」
イレイザーは店内を見渡して、手当たり次第に捕縛武器を飛ばし―――
「きゃんっ!!」
「っ、お前かよ!」
イレイザーは床に倒れる私の尻尾を見事に踏んだ。
思わず悲鳴が出てしまうほど強く踏まれた。許さん。
「まだ匂いはします!どこかに―――ってうぇえ!!?」
立ち上がろうとしたが、何かによって足を引っ張られた。
それもそのはず。
どうしてか、イレイザーの捕縛武器が私の足に絡まっていた。
「手当たり次第に飛ばすのやめてください!」
「お前がそんなところにいるのが悪いだろうが!」
これだけ店内で騒ぎ立てても、ヴィランを捕まえることが出来ない。
それはつまり。
「チッ、外だ!!警備中のヒーロー各員に伝えろ!!ヴィランは外へ逃走した!!!」
イレイザーは叫ぶ。
暗視カメラを通じて、警察が各ポイントで配置しているヒーローに指示を出したのだろう、外が騒がしくなった。
同時に店内に灯りが灯る。
一瞬の眩しさに目が眩む。
「フェンリル、大丈夫か!?」
床に伏す私の元に、マイクが膝をついて容体を確認する。
「問題ないですっ…!すみません、私のミスです!」
「反省会は後だ。フェンリル、外へ来い!」
「イレイザー…?」
思ったよりも冷静なイレイザーは私にそう尋ねるなり、店内の奥へ進んでいく。
私は腹部が未だにズキズキと痛んだが、歩けないほどではない。
その後ろを急いで追っていった。
「どこへいくんですか…」
裏口から外へ回るなり、非常階段を音を立てながら早足で登っていく。
上り切った先は屋上で―――
「ミスなんかしてねぇだろ」
「人の足を釣り上げてよく言いますよ…」
「お前なら匂いで辿れるだろ」
「血の匂い…!」
「ヴィランは怪我をしてる。それに個性はたかが暗闇に溶け込むだけだ。
遠くには逃げ切れてないだろ。できないのか?」
有無を言わさないその言葉に、私は思わず鼻で笑った。
「私を誰だと思ってるんですか。
アシスタントヒーロー、フェンリルですよ。
イレイザー、私の背中に乗ってください」
「―――…(紅い、満月?)」
ざあっと、強い風が吹き、雲で隠れていた満月が顔を出した。
「(違う…こいつの"目"が紅く…)」
「あなたのアシスタントをします。援護はお任せを」
「―――何事も合理的にやれ。お前はまだ仕事内容が荒い」
「うっ」
「俺が指示する内容が出来ないとは言わせねぇぞ」
イレイザーが背中に乗ったのを確認して、私は神経を集中させた。
どこだ…。
どこにいる…?
屋上から下を見下ろす。
多くのヒーローが騒いでいるため、やりづらい事この上ないのだが―――
「……南の方に」
風に乗って血の匂いが届いた。
私はすぐさま屋上から飛び降り、次のビルへと移った。
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