ダイビング!

□vol.18
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お昼ご飯を食べた後だったから、ちょっとうとうとしていた。
病院だとお客さんが来ることもあるから油断できないや。
寝顔見られるの恥ずかしいし!口開けて涎垂らして寝てるのとか見られた日にはもう…!!




「調子はどうだ、柳崎」




がらりと扉を開けて入ってきた人は、相澤先生だった。
先生は部屋に入ってくると、私の横に置いてあるパイプ椅子に腰かける。
相澤先生を見て、喉の奥がつっかえた。
先生の言葉に、少し遅れて返事をする「元気です!」




「柳崎、さっき親御さん来てたよな」

「え?」

「少し話をさせてもらった」




胸が、ぐっと圧迫されるような感覚。
やだ、気持ち悪い。なんだろ、この感じ。
私は何を恐れているんだろうか。



「今回の件、本当に申し訳なかった。お前が目の前にいたのに、救けることが出来なかった…」

「やだー先生が謝ってるーやだもー」

「おい俺は真面目に…」

「そういうのはもういいですって!先生だって色々言われてるだろうし…
というか、私は相澤先生とかブラド先生が悪いって思ってないですよ。
自分の力不足をしみじみと感じましたよ…もっと早く力のコントロールが出来てればよかったのに」




口端を釣り上げて、笑って見せた。
相澤先生は相変わらず仏頂面だったけど、どことなく何かが解けた様な、そんな安堵した表情が垣間見えた。




「で、先生。本題はなんです、そっちじゃないでしょ」




つい早口捲し立てる。
終わらせたい。この時間を早く終わらせたかった。
相澤先生の口からその言葉が出てくる前に、私は自分の口から告げた。
窓の外を眺めながら、自由に飛んでいく鳥を目に捉えて。




「私、もうヒーローになれないらしいですよ。たはは、参っちゃいましたね。
先生は今日はそのこと、お話に来たんですよね」

「…ああ」

「せっかく入学できたけど残念ですー。ま、これからは他の高校で新しい友達とマックで談笑しながら毎日過ごしますね!」

「…走るのが難しいと、聞いた」




相澤先生が言葉を選ぶようにして、ゆっくりと喋る。
いつも言いたいことはズバズバ言ってくるくせに、今日に限ってなんだよ。
なんでそんな気遣いするの、やめてよ。




「アキレス腱がズバーっと切れちゃってるみたいで、くっつかないそうです。仮にくっついたとしても激しい運動は控えなきゃいけなみたいです」

「お前は俺を恨んでねぇのか」

「…は?」




思わずきょとん、としてしまった。
相澤先生の口からまさかそんな言葉が出るとは思ってもいなかったからだ。




「俺のせいで、お前は将来を…お前の夢を俺が奪ったも同然だろ」

「先生それは違いますって。攻撃したのはあの男だし、あそこで私が逃げようって無茶な判断しちゃったせいです」

「…。…お前は、これからどうしたい」

「どうしたいって…うーん、夢が無くなっちゃいましたからね。
とは言っても翼は回復しつつあるみたいですし、走れなくても飛ぶっていうことが出来るので問題なし!ノープログレムです!」



夢はまた探しますよ。




「柳崎」

「なんですか先生、謝るのはもう無しですよ」

「柳崎」

「だからなんですって」

「柳崎」

「聞こえてますよ、ほら!どうぞ!!」

「俺を見ろ!!!」

「っ!」




相澤先生が、叫んだ。
思わず背筋を震わせて、相澤先生の方に顔を向ける。
相澤先生の目と、私の視線が交差する。




「お前は俺みたいなヒーローになるんじゃなかったのかよ」





―――いけない。
だめだ。だめだだめだだめだ!!
堪えていたものが、弾けた。




「…せんせ…わ、わたし…もう走れないんだって…」

「…」

「せんせい…わたし、ヒーローになれないって…言われちゃった…!!」




震える声で、胸中に溜まっていたものを吐き出した。
瞬きせずとも勝手に瞳に大粒の涙が溢れて、勝手に落ちていく。
それは私の意思に関係なく、零れ落ちる。




「ヒーロー…だめなのかなぁ…!!!」

「柳崎」

「せんせい、わたし…もうだめだ…だめだよ…やだよ、やだよ、相澤先生…」

「…」

「いやだ…雄英にいたい…私はヒーローを諦めたくない…」





じゃないと。
ここまで作り上げてきたものが全部。
全部全部全部全部全部全部!!!!
全部、無駄になっちゃう。

私が悪じゃないと証明するために。
オールマイトに言われた言葉を信じて。この力を使って、いろんな人を救うために。
なのに、それが全部たったの一瞬でなくなっちゃった…!!




「泣くな」

「!」




相澤先生は私の肩を掴むと、自身の方に寄り掛からせた。
私は上半身を相澤先生の身体に預けているような形になる。




「柳崎………。
……、……由紀、泣くな。お前はヒーローになるんだろ」



耳元でつぶやいた先生の言葉が、すっと私の中を通って行った。
あの時もそうだった。逆鱗に触れられた時も、相澤先生の言葉が私の感情を鎮めてくれた。
不思議と先生の言葉が落ち着く。聞いていると、安心するんだ。




「私は…雄英にいてもいいんですか…!!」

「当たり前だろ」

「っ…!!」




その言葉の真意がどうであれ、私は今ただ相澤先生の胸元で泣き続けるだけだった。
それしか、今の私にはできなかった。

私の心境とは裏腹に、憎いと思ってしまうくらいに空は晴天だった。




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