ダイビング!

□vol.8
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(side由紀)




や、やっちまった…!!
心操君を殴ってしまった…ついついカッとなってしまった…

今はリカバリーガールの治療を終えて、応接室で待っていた。向かいには先生が私達を見張っている。
何を待っているかというと、それは殴り合いまでに発展してしまった喧嘩をオールマイト先生に見られてしまった以上。
親を呼ぶ事案に発展するものだ。

ふかふかのソファに私達は腰かけている。
隣には心操君が。顔に貼られた何枚もの絆創膏が痛々しい。
個性を使わないけれども、個性を使うための器、基盤は個性に耐えうるものじゃなければいけない。
だから元の基礎能力は平均女子よりかなり上だ。
それにしたってその辺のシジミみたいな女子ってなんだ…?いくらカッとなってたからといって語彙力の無さはなんだ…?



「失礼します…!」



と心配そうな表情を浮かべて教室に入ってきたのは、40代くらいの女性。



「この度は人使がご迷惑をかけて誠に申し訳ございません…!!」



心操君のお母さんだった。
応接室に入ってくるなり、先生と私を交互に見て頭を下げた。



「柳崎由紀さんよね…?」

「は、はいっ」

「女の子の顔を殴るなんて人使も…本当にごめんなさいね」

「違います。私が彼を殴ってしまったんです。申し訳ございません」

「いいのよ、謝らなくて。こっちが悪かったんだし…それに人使は聞き分けが良くなくてね。手を焼いて困ってるのよ」



と、お母さんは告げた。
だが私は少しそれに違和感を感じる。
なんだろう、この人、何か違う気がする。
それに"匂い"が、心操君のものと…ちょっと…?
なんだこの妙な違和感。



「心操さん、申し訳ないんですけれども柳崎の親御さんは仕事で抜け出されないとのことで―――」

「心操君のお母さん、本当にごめんなさい」



とにかく今はそれを置いておいて、私は立ち上がって深く頭を下げた。
心操くんのお母さんは、いいのよ、と言ってくれた。

その後先生からのお小言と、停学などの処分は無いが後日反省文を書いて提出。
あっさりと私達は先生から解放された。


私は、心操君と仲直りが出来ないまま応接室を立ち去った。





***





放課後。
クラスメイトには大分心配されたが、彼らもそこまで私達の喧嘩を重く受け取ってはおらず、ニコニコと待っていてくれた。
それぞれが委員会などで教室を去っていき、今は私一人が教室に残っていた。

夕日が眩しいぜ…チクショウ…

どうにかして心操君に謝らなきゃな…
でも気まずいしなぁ…


机で突っ伏していると、ガラガラと戸が開く音が聞こえる。
それに驚いて、思わず寝たふりをしてしまった。



「…」



誰だろう。
もう全員帰ったと思ったんだけど。



カタン。


私の前の席に誰かが座る。
その人はそこから動く様子が無かった。



「…」



数分、数十分だろうか。
いや、もっと短かったかもしれない。
沈黙が長く続いていたが、その人物はぽそりと耳音でつぶやいた。



「由紀、ごめん」



カタン、と席を立つ音が聞こえたので、思わず私は顔を上げてその人の手を取った。

前の席に座っていたのは、紛れもなく心操君だった。
私が寝ていると思っていたのだろう。腕を掴まれていたことに、驚いていた。



「起きて…!!!?」

「ずるい…そうやって心操君は逃げるんだ…」

「…」

「私だって、心操君に謝りたかった。でも、言えなくて…」

「…」

「…ごめんね」

「いや、俺も悪かったし……それに女子の顔殴るとか…サイテーだよな…」

「大丈夫…シジミみたいな女子じゃないから」

「くっ…それなんだよ…シジミみたいな女子って…!!」

「ふふっ…あははっ…自分でも何言ってんだろって思ったよ…」



心操君は、フッと笑った。
そしてするりと私の頬に手を滑らせる。
それが唐突だったので、思わずどきり、としてしまう。



「な、なんやねんワレ!!」

「由紀ってテンパると口調おかしくなるよな。何?焦ってるのか?」

「あ、あしゃってねーし!!」

「噛んでるぞ」

「焦ってねーし!!!」

「傷残らなければいいけど」

「問題ないよ、大丈夫」



焦ってるのはきっと心操君にはお見通し、なんだろう。
そもそもさっきから尻尾がプルプルしてる。多分バレてる。尻尾ひっこめたいんだけどひっこまない。



「ぎゅってしていいか?」

「聞くなバカァ!!!恥ずかしいわバカァ!!!」

「なんか…お前って抱き心地いいよな」

「せくはっ…ぶっ!!」



そのまま強引に心操君に抱きしめられた。



「竜だけど猫みてぇ」

「…にゃー」

「…(可愛い…)」

「なぁ由紀」

「離してつかぁさい」

「…」



あまりも恥ずかしすぎたので、心操君の胸を押して離れた。



「土曜日暇か?」

「暇だけど?」

「…どっか遊びに行かねー?」

「いいよ、どこいこっか!」

「一応考えてあるんだ」

「楽しみだ―!!私も気合入れていくね!!」



心操君からの遊びのお誘い。
私は快く承諾した。


けれどもこの時、私はこの時気が付いていなかったのだ。
いつもと違う心操君に。

喧嘩で彼を苛立たせてしまったのは、教室の出来事だけでは無かったと言う事に。



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