泡沫の夢

□03
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ガララッ



保健室の扉を開けて中に入れば、リカバリーガールが書類仕事を行っていた。



「…」

「あんた、なんて顔してんだい」

「…ベ…」

「?」

「ベッドを…貸して…下さい…」

「あれま」



フラフラとした足取りは、既に棒切れ同然。
やっとの思いでベッドにたどり着けば、私はそのまま倒れ込んだ。
ふかふかの、太陽の匂いがする寝心地の良いベッド。



「大神満槻だね。噂はかねがね聞いてるよ。
全く…エンデヴァーの所でサポートしてるんだって?」

「…はい…」

「まだ子供だってのに…ちょっと酷使させすぎじゃないか…」

「…違います。私が、断っていないのが悪いんです」

「…なんで断らないんだい」

「うーん…なんででしょうねぇ…」




リカバリーガールとの会話もほとんど理解していない。
頭がぼうっとしてきた。このまま目を閉じて―――



ビーーーー!!!




「な、何事ですか…!?」




突如、サイレンが響き渡り、思わず体を起こした。




「セキュリティシステムが発動したみたいだね」

「セキュリティシステム…?」

「さっき校門のところにメディアがたくさんいたからねぇ…原因はそれさ」




煩く鳴り響くサイレンとは真逆に、リカバリーガールは落ち着いた口調で告げる。
なら問題はないな、と私は再びベッドにもぐりこんだ。



「しょうがない子だよ、全く。一時間だけだからね」



ありがとうございます、とお礼を述べたつもりだったが、言えてただろうが。
私はそのまま目を閉じた。








***












暖かいベッド。
窓側は日差しが心地よく、時折開けた窓から入るそよ風が頬を撫でる。
ゆっくりと目を開けるのと同時に、頭が徐々に冴えてくる。



…。
ああ、そうか。
そうだった。



「今何時ですか?」

「4時だよ。起こしても起きないから放って置いたよ」

「半日くらい寝てましたね…ありがとうございます…」




保健室に入ってきたのが12時30過ぎ。
5限だけ休もうと思っていたのに、6限まで休んでしまった。
リカバリーガールはそんなこと言っているが、私の為に甘やかしてくれたのだろう。とてもありがたい。
一時間と言いつつも、ちゃんと寝かせてくれたリカバリーガールには感謝してる。
さっきまで重かった頭が嘘のように晴れていた。

さて、今日は携帯もならなかったし、久しぶりにゆっくりできる。
リカバリーガールにお礼を述べて、私は学校を出た。





「…」




撮り溜めしていたテレビでも見ようか。
なんて思っていると。



「!」



耳がピンッと立つ。
何やら近くで騒ぎがあるようだ。




「…もう、性ですね、これは」




きっと他のヒーローが救けに来ているはずだけども、体は自然とそちらへ向かっていった。
高層ビルがいくつも並ぶオフィス街の一画に人だかりができているのが見える。
なんだろうと、一番後ろからひょこひょこしながら覗いてみると。




「!」




正面のビルのテラスに二人の人間の姿がある。
一人は男、もう一人は女だ。
しかし男は女に文房具であるカッターを首元に突き付けていた。
テラスに二人がいるとはいえそれは中側ではなく、外側の僅かギリギリの端の所に立っている。
勿論高い位置にテラスはあるため、犯人である男でさえも足が震えている。情けない。
しかもその震えは足から全身に行きわたるものだから、カッターを持つ手が震え、所々女の首元に傷がつく。
首の皮はそう厚くはないし、何より頸動脈が走ってる。下手に傷つければ女は即死。




「ヒーロー、来てないんですか…」

「それが彼らの足場が不安定なうえに、いつあの犯人が女性を傷つけるか分からなくて手が出せないんです…」

「…シンリンカムイとかは…」

「それが別の救助に向かってるらしくて…」

「…」




近くにいた女性に尋ねれば、そう答えてくれた。
手が出しにくい原因は高所にいることと、男のナイフが既に女を傷つけ始めているというところだろうか。
ビル付近では確かにいくつかのヒーローの姿が見られる。




「高所っていってもたかが8、9階じゃない…」

「―――え?」




何をもたもたしているんだろうと、眉間に皺を寄せていると。





「きゃああああ!!!!」

「!!」





男が、個性を発動させた。
接着系+粘液系が混じったようなものが、手から射出されると、まるで蜘蛛の巣のように糸をテラス周辺に纏わりつかせた。
そしてメキメキと体を変化させー――




「うげっ、あれはイカンですわ…」




げぇ、と見るに堪えない姿にあからさまな嫌悪を抱く。
それもそのはず、男は今や大きな蜘蛛へと姿を変えたのだ。
勘弁してほしい。虫系のヴィランはダメなのだ。
だけどこうもいつまでも楽観視しているわけにはいかない。
基本的に世の女性は虫キライだろうし(多分)あの女の人だって耐えがたい筈だ。
あまりの恐怖に捕まってる女の人は悲鳴すらももはや上げられない状況のようだ。
仕方ないと、と私は人ごみからすり抜けてどこか建物裏へ身を潜めた。





「…今のって……大神、さん…?」






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