泡沫の夢

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到着した瞬間、私は咥えていた鞄をエンデヴァーさんの顔面にブン投げるとそのまま倒壊したビルに突っ込んだ。
後ろから「バカヤロウ!突っ込むんじゃねぇ!」と怒声が聞こえたが、どう見たって一分一秒を争う事態だ。
状況確認なら走りながら嫌というほど"耳"で拾ってきた。
街の人々の声、テレビの声。あらゆる場所から情報を仕入れた。


思っていたよりもビルの倒壊は酷く、轟々と炎はビルを包んでいた。
多少の炎ならば体制を持っているので火傷をすることはない。




「誰か、救けて…!!」





小さな声を頼りに、私はビルの中を進んでいった。




*





―――そして、冒頭に戻るのだった。




微かな人の匂い。
正直、焼け焦げる匂いがキツすぎてどこにいるのかも分からない状況だった。
崩れた瓦礫を伝い、叫ぶ。




「誰か、いませんか!!!」




轟々と炎がその身を燃やし続けるだけで、一向に返事は無い。
逃げられない状況か、最悪微かな人の匂いは死体を察知したかもしれない。
止まっているエスカレーターを上り、二階へ。
あまり私もここにいられる時間がない。
ガラガラ、と目の前に瓦礫が落ちてくる。
上を見上げればいつでも屋根が崩れ落ちそうだった。



「…狼、なんでっ…!?」

「!」




その見上げた先に。
3階、だろうか。崩れた床の端に、燃える炎の中に、人の姿が見られた。
こちらを見て、驚愕の表情を浮かべていた。
炎は轟々と唸り声を響かせ、少年を追い詰めていく。
じりじりと床の端に少年が迫るも、その先は地面が割れている。
3階へ登ろうにも、その先のエスカレーターは炎に囲まれ、上に上がる手段がない。
瓦礫を伝って上に上ることもできなくはないが、如何せん足場が不安定だ。
少年諸共、落下する可能性が非常に高い。
なら、残る手段は一つだけ。



「飛んでください!!」

「!?」

「私が受け止めます。―――必ず!!だから、飛んでください!!」

「と、飛べって…何無茶な事言ってんだよ…」

「早く!!!」

「っ…」




3階から2階に飛び降りると言っても、学校の階段とはわけが違うのだ。
それなりの高さはあるわけだし、しかも一般人にいきなり飛び降りろだなんて言われても普通は躊躇する。
でも一刻を争う事態なんだ。

少年はこちらを覗いたり、背後を気にしたりしていて飛ぶ様子が見られない。
パラパラと瓦礫の端が零れ始め、少年の足元の床がいつ抜けてもおかしくはないことを物語っている。
私は咄嗟に叫ぶ。




「いいから私を信じろ!!!」

「ッ!!」



怒声にも近い声に、少年は背中を押されたのか、思いっきり飛び降りる。
物をキャッチするのは、特性上得意だ。
口で少年の身体を加えると、そのまま2階の割れた窓から飛び降りた。


刹那。
背後からどんっ、という鈍い音が響き、ビルが倒壊したのだと察知する。





「うわあああああああ!!!!?」





少年の叫び声を聞きながら、私達は地面に着地。素早くビルから離れる。
この姿で駆ければまさに疾風の如く。
あっという間にビルから離れ、くるりと後ろを振り向けば、完全にビルが倒壊していた。
あと一歩遅かったらこの少年と私の命は無かったかもしれない。



「あんたは一体…」



一旦地面に降ろして、少年の襟首をくいっと噛んで背中に乗せる。
私の身体に触れる手が恐る恐るといった感じで、まだ体の端から緊張しきっていることが伝わった。



「…私は"災害救助犬"としてプロヒーローのアシスタントをしています。
自己紹介はその辺で、一酸化炭素中毒の危険性と身体の手当てを優先します。
君、体の異常はありませんか?」

「…あ、ああ…」



急に話題を振られ、しろどもどろに少年は応えた。
…ダメだなこりゃ。アドレナリン分泌されて体の異常に気付いていない。



「名前、言えますか?」

「…心操人使」

「では心操人使君。体、どこかズキズキしたり血が出ている場所は無いですか?」



危機は去ったので、ゆっくりと救護テントに向かいながら進んでいく。
ビルの少し離れた先の公園に人々が集まっている。
消防車や他のヒーローは消火活動に専念する姿が見られた。




「……」

「ちくちくしたり、気持ち悪かったり、ないですか?」

「……あ、足が…」

「足が痛いですね。腫れてますか?血が出てますか?」

「……ちょっと切ったみたいだ。血が出てる」

「そうですか、分かりました」



ちらりと見た時に、それなりに血が出ているようだったけど、心操君はそのことに関して全く興味を示していなかった。
今私が聞いたことでようやく思い出したかのような感じ。
痛覚よりも先に状況把握が優先されたのかな?
事態が事態なわけだし、混乱していてもおかしくはない。
メンタルケアも込みで治療してもらわねば。




「…」




微かに、心操君が震えている。
無理もない。死と隣り合わせの現状だったのだから。
だから少しでも気がまぎれるような事を彼に伝えてあげようと思った。




「乗り心地如何ですか?」

「……」

「ふわふわって好評なんですよ」

「…」

「あとでもふもふしていいですよ?」

「……に」

「?」

「肉球って……あ、あるのか…?」

「いくらでも触らせてあげます。その前に、まずは治療から」




救護テントに到着すると、私は器用に前の手で入口を開けて中に入った。
公園の中には多くの人が地面に座り込んだり、ヒーロー達が用意したマットに横になる者等様々だった。
人々の表情からは疲労と、困惑と、それから事件の恐怖が植え付けられている。
それだけ多くの人を巻き込んでしまった事件だ。



「先生、彼を」

「ああ、君か!久しぶりだな。相変わらず様になっているな、そのジャケットは」

「…触れなくて良かったですよ、そのことは。彼足を怪我しているようなので治療をお願いします」




先生は心操君を背中から抱き上げ、椅子に座らせた。
私はエンデヴァーさんの所に戻らなきゃいけない。
すぐに踵を返したが。



「待って!」



心操君に呼び止められる。



「ごめんね、まだやることが―――」

「名前」

「え?」

「あんたの名前、まだ聞いてない」

「…フェンリルって呼んでください。でも、犬じゃないの、狼です」




補足を付け足して、私は救護テントから抜け出した。



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