泡沫の夢
□03
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「―――フェンリルだ!!」
「フェンリルが来たぞ!今日はどのヒーローのアシスタントなんだ!!?」
オレンジのジャケットを着た、狼の姿を見て人々は一斉に騒ぎ出す。
素早く地面を駆けビルの下でモタモタしていたヒーローに声をかけた。
「一体どうしたんですか!?
「フェンリル!どうしてここに…!」
「オフだったんですけど、どうにも状況が良くなかったので手助けに来ました…!」
「助かる…!!中から救援に向かった仲間と連絡が取れなくて…!」
「中の人たちが…?」
「ああ!もしかしたら犯人は複数いるかもしれないっ」
「…」
私はついっと顔を上にあげた。
蜘蛛男は糸を撒き散らし、ビルを自身のテリトリーへと作り上げていく。
女は四肢を糸で縛り上げられ、巣に括り付けられている。
幸いな事にも、テラスに近い部分だ。最悪、糸が切れてもテラスに落ちる。
今は大人しく女は拘束されていた。
「エンデヴァーさんがいれば楽勝…ですかね…」
燃やせばあっという間だが、ここにエンデヴァーさんが駆け付けていないと言う事は恐らく別件で立て込んでいる状況。
仮にも私はNo.2のエンデヴァーの元でアシスタンとをこなしてきたんだ。
下手なプロヒーローより場数を踏んできたつもりだ。
「―――今、私にできる最善を」
私がビルの内部から侵入しようとした途端、蜘蛛男から鋭く太い糸が私目がけて射出された。
素早く回避するも、何度も糸は飛んでくる。
ただの蜘蛛の糸ならば払って終わりだが、これは違う。
電柱ほどの太さで、しかも何重にも糸が絡み合っているせいか、ほぼ鈍器のようなものだ。
実際に私が交わした何本もの糸の束は地面に抉り込んでいる。
「邪魔すんなァ!!!フェンリル!!!!」
「彼女を離しなさい!蜘蛛男!!」
そこからは防戦一方だった。
近づきたくとも蜘蛛男のせいで近づけないし、下手に突っ込めば蜘蛛男は鋭利な爪を女に突き付ける。
「おいおいおいおい…他のヒーローはどうしたァ?へっぴり腰か?あ?そうなのか?
全く面白くねぇ、殺しがいがねぇじゃねぇかよ!!!!」
「―――…」
まるで人がガラリと変わったかのように、男は叫ぶ。
先ほどまでは怯えながら女の人にカッターをつきつけていたのに、今は個性を使って虚勢を張っている。
…虚勢?
そもそもなんで最初から個性を使わなかったんだ、この蜘蛛男。
ただの偶然…?…いや…?
私は女の人を傷つけまいと、あまり前に出られなかったが、少し違和感を感じ、守りから攻めに変更する。
何本もの糸の束は当たれば確かに致命傷になり得る凶器だが、逆にそれは蜘蛛男の元へと続く『道』となる。
軽やかに攻撃を躱しながら、糸の道を素早く駆けぬけ―――
「ここまでです、蜘蛛男!!!」
鋭い爪を露わにし、蜘蛛男事、巣を薙ぎ払った。
「クソッタレエエエ!!!!!」
存外あっけなかったな、と思いながら落下する蜘蛛男目がけ私も飛び降りた。
蜘蛛男は逃げようと落下しながら糸を吐くが、思いっきり蜘蛛男の腹に噛みついた。
「ひぎゃ、や、やめろ!!!殺す気か犬っころ!!!!」
「おひょなしくしなひゃい!!!!(大人しくしなさい)」
勿論、怪我させずに、だけど。
蜘蛛に直に噛みついているわけだが、その、体毛から蜘蛛の皮というか細部までハッキリ見えているものだから鳥肌が止まらなかった。
…何も見なかったことにしよう。
蜘蛛男を咥えたまま地面に軽やかに着地して、速やかに吐き出した。二度と噛むか。二度とな!!!!!
*
―――その後は男を逮捕し、女の人も救助し無事事件は幕を閉じた。
被害者である女性は旦那…いや、彼氏、だろうか、パリッとしたスーツに身を包んだ男性が傍にいた。
二人は一緒に女刑事さんと話をしている。
まだ女性の方は心の整理が上手くついていないんだろう。
警察が男を護送車に入れるのを眺めていると、後ろから声をかけられた。
「フェンリル…!」
「!?」
振り向けば、それは良く見知った顔で。
「た、確か君は心操君…でしたよね?」
「すっげ…良く俺の事覚えているな…」
そりゃ同じ学校だから。
なんて言えるはずもなく、苦笑いしながら心操君に「どうしましたか?」と声をかけた。
「ちゃんとお礼言えてなかったから…あの、この間は本当にありがとうございました」
「いえいえ。無事で何よりですよ、心操君」
「学校の帰りでたまたまこの事件見てたらフェンリルがいたから…お礼、言えてよかった」
「心操くん…君は「フェンリルさん!」
私の言葉は、女性によって遮られた。
先ほど蜘蛛男に捕まっていた被害者だ。
彼氏さんに支えられながら、目元に涙を浮かべている。
「本当に…本当にありがとうございました…」
「…あなたは」
「フェンリルさん、フェンリルさん…あなたがいたから私の―――」
ふらりと女の人は心操君の方に倒れると―――
「計画が滅茶苦茶じゃねぇか犬野郎!!!」
女は心操君目がけて鋭い爪を振るうが、私は間髪入れずに女の手を叩き落とした。
「―――え?」
周囲の警察官や事情聴取をしていたヒーロー達は一気に戦闘態勢に入る。
驚いているのは勿論心操君だが、何より一番驚愕しているのは女の方だ。
「心操君を殺せれば私に一矢報いれるとでもお思いで?
―――女郎蜘蛛」
「な、なんで…気づいてッ」
「最初からグルだったんですよね、あの男と。
だってそもそもあんな気持ち悪い蜘蛛を前にして悲鳴一つ上げずに大人しくしてる人なんて普通いませんし。
恐らくあの男は蜘蛛の子だったんじゃないんですか?蜘蛛の個性なら可能でしょう」
何が目的かは知らないけれども、自身の蜘蛛の子を使って(子、というには大きすぎる男だったが)
自分が被害者とみせかけて近づいてきた私やヒーロー、それから一般人を殺すつもりだったんじゃないだろうか。
それに、中に入って行った仲間との連絡が取れないってことは他にも"子"がいるはずだ。
その旨をヒーローや警察官に伝え、速やかに捕獲を促した。
「あなたの計画はここでおじゃん。諦めて牢屋で反省してください」
「あんたみたいな胸糞悪いヒーローが大嫌いなのよ…絶対に殺してやるんだから…!!」
「執念深いですね」
「女の執念深さ、ナメないで頂戴。あんたの顔、覚えたからね…!!絶対殺してやるんだから…!!」
「…」
がんっ、と追い打ちをかけるように女の顔を手で押さえつけた。
だから、何って話なんだ。
「強がり?強がりでしょう?わかるわ。私もあんたらヒーローにビクビクしながら生きてたから分かるわ!!!
怖いんでしょう?ねぇ、怖いんでしょ!!!どうなのよ、エェ!!!?」
「キャンキャンキャンキャン騒いで犬みたいですね。狼はそんなことしません。さて、刑事さん―――」
彼女を捕縛してください、といいかけたところで。
「フェンリル!!後ろ!!!」
「え―――」
「よくも―――女王蜘蛛を―――!!!」
心操君の叫び声が聞こえ、後ろを振り返れば。
付き添いの男が私目がけ、大きな石を振り上げていた。
頭で瞬時に理解するも、これは避けられないと察知した。
次に来る衝撃に思わず目をぎゅっとつぶってしまう。
だが。
「ぎゃあっ!?」
「何を生ぬるい事をしている!!ワン公!!!」
「……っ、エンデヴァーさん!」
しかし、男はその石を私に振りかぶることなくエンデヴァーさんによって男は殴り飛ばされ、無残にも地面に伏している。
「助かりました…」
「だから貴様はいつまでたっても甘いんだ!!!」
「心操君、本当に助かりました。ありがとうございます」
「人の話を聞け!!!というかまずは俺に感謝しろ!!!」
エンデヴァーさんの鋭い突っ込みを受けて、私は心操君に微笑んだ。
その後は、エンデヴァーさんの的確な指示によって犯人を全員確保することが出来た。
護送車に乗せて扉を閉じてもぎゃーぎゃー喚く声は外まで聞こえたから思わず、溜息をもらす。
そして、夕方から時刻は夜。
とっぷりと更けてしまい、私と共に事情徴収を受けていた心操君に声をかけた。
「家まで送っていきますよ」
「え?いや、ここからでも帰れるし…」
「ライディングコース、ナイトバージョンはきっと楽しいですよ」
「?」
クエスチョンマークを頭に浮かべる心操君に私は背中に乗って、と促した。
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