じゃがー

□第三者の芝居
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『先生』
『……んぁ?』

寝ぼけ眼のまま、僕に視線が向けられる。

『どうした、しゃっく。……あれ、皆は?』
『帰りました』
『え?ピヨ彦も?』

先生の口からその名がまず先に出てきた事で、僕の胸にまた、錘が増える。

『…ええ』
『なんだよー、勝手だなアイツ』

身体を伸ばしてから欠伸をし、不満そうに唇を尖らせる先生に、バイトのことを伝え出せずにいる。
ここでピヨ彦さんと先生の間に誤解が生じたところで、それが二人の関係に大きな影響を与えるとも思えない。

それがまた、歯痒かった、腹立たしかった。

『んじゃ、俺らも帰るとするか』
『…待って下さい』

先生はドアに近付きかけていた足を止め、僕に向き直る。

『どうした?』

握ったままでいた楽譜を持っていた手に力が篭もり、ぐしゃりと嫌な音がした。

『…僕は、』

扉一枚越えた廊下では、いつもの様に談笑する声が響いている。
授業後の電気も消えた、薄暗い部屋で、立ったまま向かい合う。


『先生を、他の誰にも渡したくないんです』


先生は黙ったまま、けれども視線は僕から離される事はない。
いつもと同じ表情のまま、ただじっと僕を見ていた=B

『―…』

僕はその後に続く言葉を発することが出来なかった。

さっきから胸に積もっていた何かが、何処か違う部分に移動し始めた。

熱くなっていた頭が、視界が、途端に切り替わっていく様な感覚。

『しゃっく、』

『ー…僕、おこがましいですよね。先生の様な素晴らしい方に弟子にして頂けただけでもとても名誉なことなのに、他の弟子を作らないで下さい、なんて』

すいません、と苦笑いをしながら、僕は机に置いていた鞄に笛と楽譜を詰めた。

『しゃっく』
『はい、何ですか?』

平淡な口調で応じれば、先生は眉を歪めて、言った。

『俺は、お前以外に弟子を取ったりしないから』
『………は、』

その台詞が、何か他に意味を孕んでいるとすれば、それは慰め≠セろう。


また、僕の中の何かが動き始めそうになる。


それを殺して、僕は、三流役者の演技の様に大げさな礼を繰り返した。




end

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