日和
□最果て
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別に、好んで死にたい訳じゃない。
ただ、
貴方が僕を拒絶するから、
どんな手段を使っても、
僕は、貴方に僕を受け入れさせたくなったんだ。
−−−
最果て
−−−
『芭蕉さん、』
雪の降る夜。
真っ白に埋め尽くされた庭に目を遣っていた芭蕉さんが、何?、と此方を向く。
久々の降雪に、芭蕉さんの瞳は子供の輝きを光らせている。
その瞳を、僕は無性に苛立たしく感じる時が往々にしてあった。
自分に対して弟子が抱く恋心に、いつまでも気付かぬ振りを続ける芭蕉。
寛容な振りをして、芭蕉さんの世界の許容量は酷く少ない。
弟子であり、まして男である僕が、自分を“どうにか”しようなど考える筈もないと決め込んでいるのだ。
『曽良くん?どしたの?』
いつまでも続きを口にしない僕を不審に感じたのか、芭蕉さんは首を傾げた。
『芭蕉さん、今から僕は、』
――…死にます。
そう告げると、芭蕉さんは目を見開いたまま暫く黙った。
信じていないようなので、護身用の刃物を喉元に当て、軽く力を入れてみた。
冷たい痛みと共に喉に血が伝う。
『だっ…、駄目だよ!!そんなことしちゃ……っ!』
ようやく僕の意思が飲み込めたらしく、僕の手から刃物を奪おうとしてきた。
だが下手に力付くで奪い返そうとすれは、深く刺さってしまう危険性を察知したようだ。芭蕉さんは泣きそうになりながら、手を伸ばしかけたまま止まっている。
『な、何かあったのっ…?』
『まだ、そんな振りを続けるんですか』
皮肉るように笑うと、芭蕉の肩がほんの僅かだが揺れた。
気付かれてないとでも思っていたのだろうか。
健全な師弟関係でも結んできたつもりだったのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。
――否。こんな方法でしか気持ちを伝える術を持たない僕の方がおかしいのだろう。
『曽良くん』
弱々しい声で、何かを確認するように芭蕉さんは僕を呼ぶ。
『何ですか』
たらたらと、溢れ出た血が流れ落ちていくのに意識をやりながら、眼前の芭蕉さんに目を向ける。
『私は、』
静寂。
言葉をとぎらせたまま、芭蕉さんは僕を見つめる。
『私も、曽良くんが、すきだよ』
ゆっくり、訥々と、芭蕉さんの唇から音が落ちていくのを僕は何処か夢心地で聞いていた。
しかし、その告白を鵜呑みに出来る程僕は純粋でも、強くも無い。
『芭蕉さんは――…』
――嘘をつくのも、下手くそなんですね
言い掛けて、また僕は口を閉ざした。
抗い難い幸福感が湧いてきて、胸を埋め尽くす。
芭蕉さんは悲哀感とも達成感ともとれない表情を浮かべたまま、僕をその瞳に映す。
返すべき言葉が、出てこない。
何の考えもなく、僕は芭蕉さんを抱き締めていた。
芭蕉さん、と何度も繰り返し縋るように口にすれば、芭蕉さんは優しく頷いた。
ああ、
なんて僕らは偽りだらけなんだろう。
どうして、僕は、
貴方がこんなにも愛しいのだろう。
→アトガキ