日和

□忘れられないの
1ページ/2ページ


−−−−−−−
忘れられないの
−−−−−−−


『曽良くんはさ、初恋のひとって覚えてる?』

寝具の準備も整い、曽良が布団へ入ると隣の芭蕉がマーフィー君を弄りながら問
うた。

『…何故です』
『なんかさ、町で見掛けた子供二人が仲良さそうにしてて、昔を思い出しちゃっ
て』

芭蕉は照れた様に、昔に思いを馳せながら、小さな笑みを浮かべた。

『ほら、結婚の約束とか、しちゃったりしてさ…子供の頃って純粋だよねぇ』
『今は汚れたオッサンですもんね』
『ちょ、辛辣!人がいい思い出に浸ってるのに…』
『……ですか』

ぽつりと曽良が零した言葉を聞きそびれ、え?、と芭蕉は聞き返した。

『結婚の約束、したんですか?』

意外な程に真剣な声音で、芭蕉は驚く。
曽良の均整の取れた顔が自分に向けられているのに気付き、心臓はまた跳ね上が
る。

『う、うん…。でも、今じゃどんな顔だったかも覚えてない位だよ?』
『芭蕉さん、』
『なっ、何…!?』

急に呼ばれ、反射的に身構える。

『僕の事もいつか忘れてしまいますか?』
『………え』

ぽかん、と口を開けた芭蕉に、更に問う。

『忘れてしまいますか?』

何故そんな事を聞くのだろう。
疑問が脳内を巡り、芭蕉は返答に窮していた。
曽良の表情はいつもと変わらないのに、その瞳の中に不安を感じ取ってしまう。

『忘れないよ』
『……』
『…っていうよりさ、こんだけ暴行する犯人を忘れ―…んぐっ!?』

曽良の日頃の暴力に対し不満をぶつけようとしたら、唇が乱暴に塞がれた。

『芭蕉さんの記憶力は当てになりません。だから、‘忘れられない’様にします


簡潔にのべられた台詞は恐ろしい意味を含んでいる事を芭蕉は察知した。

『な、なんか主旨かわってるよ!?私はただ、恋ばなしようとしただけ…って、
ちょっ!?脱がさないで!っ…ギャー!!』



曽良の思惑通り、芭蕉にとってその日は忘れられない日となったらしい。


end

→アトガキ
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ